序章 暗闇の中で その2

「ほら、湯気を吸いなさい。気が落ち着くから……」


 祖父の春平は適度に冷ました、湯気沸く白湯入り厚手の湯呑を孫の正行に渡す。


 何の匂いもない、ただの白湯の湯気を、それでも正行は吸った。


 しゃくりあげが少しづつ小さくなる。


 その様子を見て、春平は「じゃあ、中身を飲みなさい」と優しく言った。


 その時には、白湯は正行でも飲めるほど程よく冷めていた。


 大泣きした涙の分を取り戻すように正行はこくこくと両手で持った湯呑から白湯を飲む。


「おいしい……」


「そりゃ、そうだ。俺の家の水は井戸から直接、引いているからな」


 孫の言葉に春平は胸を張る。



 トイレに行って出すものを出して、正行は再び布団に入った。


 今度は春平も一緒だ。


 雨も大分落ち着いた。


 正行は、春平に色々聞かれた。


 保育園でのこと、どんな父親だったか、母親はどんな人だったか……


 その間、正行は春平に優しく抱かれながら答えた。


 正行には、春平の体温や心臓の鼓動が嬉しかった。


 安心できた。


 と、不意に気が付く。


 いつの間にか、温もりも鼓動もあるけど、暗くなっていた。


 不安も恐怖もないのが不思議だ。


「正行、俺の顔が見えるか?」


 最初は闇に見えなかったが、徐々に闇に眼が慣れて祖父の顔が認識できるようになる。


「うん」


 すると、祖父は口を重々しく開いた。


「…で……の……から……か?」


 はっきり聞いたのに内容が


「うん。……になる」


 そして、それを正行は頷いた。


 すると、祖父は今まで以上に孫の体を抱きしめた。


 この時、小さな小さな種子が正行の心に宿った。

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