第44話 ツクヨミ

 受験勉強の為の異世界転移二日目。


 オレは、ここ最近の忙しさから解放され、穏やかな気持ちで過ごしていた。


 朝食を食べて、勉強して、気分転換にアグルヒルの街を散歩する。

 最初に来た時に見た美味しいパン屋の行列にも並んでみた。屋台で串焼きを食べたり、見たこともないフルーツを食べたりもした。ギルドに立ち寄り伝言板もチェックした。

 夜まで勉強し、夕食を食べてから露天風呂に入る。


「ふぅぅ〜、ここの露天風呂は落ち着くなぁ〜!」


 おそらく、異世界転移を受験勉強に使っているのはオレ位だろうと独り言を呟きながら夜空を眺める。

 今まで忙しくて夜空を眺める余裕など無かったオレは、地球でいう所の天の川が、やけに明るくて星が多い事に気付く。


「なあタケじい、天の川が凄く明るいんだけど、このどこかに地球があったりするのかなあ〜?」


「おそらくあるぞ、見えんけどなっ!」


「えっ、この世界は異次元的な、別の空間みたいな所じゃないのかぁ?」


「何を言うとる。この星は天の川銀河のかなり中心にある星じゃぞ! だから、星の数が多いんじゃ」


「そ、そうなのか? なんで、そんな事を知ってるのさ?」


 タケじいは地球の何倍も濃い天の川を眺めて語り始めた。


「一八〇〇年前の事じゃ。ワシには弟がおった。倭国に魔物が侵入して、ワシらは魔物を退治する為の武器を探して、この地に辿り着いたんじゃ。そして、ワシと弟はこの地で武器を集める為に冒険者なったんじゃ!」


「タケじいも商人だったのか?」


「いや、ワシは勇者で弟は賢者だったぞい、カッカカカッ!」


「なんだよっ、凄いじゃないかっ!」


「弟の名はツクヨミというてな、それはそれは頭の良いヤツじゃった。ツクヨミはこの地に住まう大賢者に弟子入りしてのぅ、色んな事を学びワシに教えてくれたんじゃ。しかしこの通り、ほとんど忘れてしもうたがなっ、カカカッ!」


 タケじいには弟がいたのかぁ。


「星の事もツクヨミから?」


「そうじゃ。ツクヨミは、なぜ倭国とこの星が繋がったのかを調べておった。ヤツが言うには、太陽系が数千年に一度だけ、天の川銀河の中心に近いこの星に最も近づくそうじゃ。銀河の中心にはブラックホールがあってのう、常にプラズマジェットという膨大なエネルギーを噴出しておる。そして、その中に含まれる素粒子を魔素と言い、魔素を浴びた物質は不思議な力を得るというのじゃ!」


「もしかして、太陽フレアが起こったのは魔素のせい?」


「そうじゃ、恒星の場合は巨大フレアを巻き起こし、惑星の場合は魔法が使える様になる。そして、この星の魔物を総べる王が、魔素を帯びた地球に目を付けて攻めてきよったという訳じゃ!」


「すると、地球も魔素を浴びているのか?」


「うむ。しかし、太陽フレアが起こってからまだ日が浅い。あと数年もすれば地球でも魔法が使えるようになるじゃろうな」


「……そういう事か!」


 つまり、地球が銀河の中心に近づいた事で、悪い魔物に見つかり、魔物の手先のゴブリンが攻めてきたって事の様だ。

 にわかには信じられないが辻褄が合っている。


「それで、ツクヨミはどうしたんだ?」


「それがのう……ワシらは魔物と戦って倭国から追い払ったんじゃが、調子に乗って魔物を差し向けた魔王を倒す為に、この星へ逆進撃をかけたんじゃ。しかし、相手が強すぎた。魔王に包囲され、全滅しかけたワシらをツクヨミが大魔法で倭国へ転移させて……ツクヨミとはそれっきりじゃ」


 いつも陽気なタケじいが悲しい顔になる。


「み、見捨てたのか?」


「いや、ワシらはすぐに桜島の洞窟からこの地に向かおうとしたんじゃが、転移の扉は開かなんだ。転移の魔法もダメじゃった。おそらく、倭国の魔素が枯渇したんじゃろう」


 桜島? 洞窟? 転移の扉? 聞きたい事は山程あるが、まずはツクヨミの事が気にかかる。


「確か、この星は時間の流れが遅いって言ってたよね。もしかすると、ツクヨミはまだ生きているんじゃないかな?」


 タケじいの顔が少し明るくなった。


「おおー、そう言えば……スイングバイじゃ! この星がプラズマジェットに乗ってブラックホール圏外に飛び出した時にだけ、時間の流れが速くなるとツクヨミが言っておったわい」


「すると、スイングバイが終わると、どうなるんだ?」


「うむ、スイングバイが終るとじゃな、再びブラックホール圏内に捕まり、時間の流れが極めて遅くなる。だが、もしかすると、ツクヨミは生きているやも知れん。魔王に殺されてなければじゃがのう……」


 かなり絶望的だ。ツクヨミに会ってみたかったなぁ……。

 オレがしんみり夜空を眺めていると、タケじいが話を変える。


「そう言えば、ツクヨミも交渉スキルを持っておったわい。交渉スキルは頭の回転か早くなるからのぅ、創真の勉強にも効果が出ておるんではないか?」


 そう言えば、勉強した事がスムーズに頭に入ってくる様な気がしてた。異世界の環境が良いからだと思っていたが、交渉スキルのお陰の様だ。

 それから部屋に戻って勉強しようと思ったのだが、先程の壮大な話が気になって勉強する気になれず、ベッドで横になりツクヨミの事を想像しながら眠りに就いた。


 チュン、チュン……。


 日本へ帰る日の朝がやって来た。


 今日はいつもと違って装備を整える必要もなく、朝食バイキングを食べて日本へ帰還した。

 自分の部屋に着くと朝の七時、台所では母が朝食の準備をしている。


「あら創真、おはよう!」


「おはよう、母さん」


 オレは普段通り食卓につくと、重大な事に気付く。

 さっき朝食を食べたばかりじゃないか?


 しかし、大食いスキルで難なく二回目の朝食を平らげ学校へ行くと、クラスはゴブリンの話題で持ち切りとなっていた。


「昨日は多摩湖のゴブリンが四〇人も人を殺したんだって!」

「ええー、多摩湖って、すぐ近くじゃん!」

「ゴブリンには銃が効かないみたいだよ!」

「無敵じゃん、怖えー!」


 当然と言えば当然だが、多摩湖の近くにある学校だ。話題にならない訳がない。

 うわさ話の中を通り抜けて自分の席に座ると、いつもの様に慎吾が話しかけてきた。


「おはよう創真!」


「おはよう慎吾。昨日はありがとな!」


「創真、GAT隊って知ってるか?」


「あぁ、ニュースで言ってたヤツね」


 昨日、香織パパから聞いていた。オレが売った剣を使う自衛隊の特殊部隊だ。


「人質を助けられなかったって、結構叩かれているみたいだぜ!」


「なんで? 人質は既に死んでたんじゃないのか?」


「生配信を見てたヤツらは知っているけど、そうじゃないヤツは報道をそのまま信じるからなあ……」


 何かイヤな予感がした。



【第44話 ツクヨミ 完】

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