突然のデート 二
「……確認しておきたい事?」
そう言って首を傾げる坂上に僕は頷くと口を開いた。
「……坂上さん、家出とかでは無いよね?」
僕の言葉に坂上は数秒固まると、慌てて両手を振り始めた。
「違う、違う! 確かに朝早くに公園のベンチに居たらそう思われるかもしれないけど家出では無いから!」
「ちなみに、坂上さんのご両親は今、坂上さんが外に居る事を知っているの?」
今の反応を見て家出では無いと感じたが、僕は念の為、さらに確認の為に坂上に尋ねた。
「……うん。さっき連絡をしたよ」
その言葉を聞いて、先程スマートフォンを操作していた時に連絡を入れたのだろう、と思った僕は、「それなら良かった」と言って、頷いた。
こんな時間に男と二人きりで大丈夫なのだろうか、という疑問はあったが、先程の坂上の表情を思い出して何か理由があるのだろう、と思った僕は取り敢えずその疑問を置いておく事にした。
普通なら坂上の事をこのまま家に送るべきなのだろうが、なんだか放っておけない気持ちが大きくなっていた僕は、少し坂上の力になってからでも遅くはないと自分を納得させるとスマートフォンを取り出した。
「そうしたら、僕も両親に連絡をしておくね」
僕の両親は基本的に放任主義者だが、それでも朝早くから息子が家に居なかったら不安に思うだろう。
そう思った僕はスマートフォンを操作して手早くメッセージを打ち込んで送信すると顔を上げた。
「お待たせ。そうしたら、坂上さん、何処か行きたい所はある?」
「そうだなぁ。お腹が空いたのだけど、私、ここら辺は初めて来たから宇多川君のお勧めのお店に行きたいな」
坂上は何気ない感じでそう言ったが、僕はその一言を聞いて自分の耳を疑った。
「坂上さん、ちょっと待って。今、ここら辺は初めて来たって言った? ここが地元では無いの?」
僕が慌てて言うと、坂上は、しまった、という様な表情を浮かべると、「あはは、冗談、冗談」と言って笑って誤魔化そうとし始めた。
普段だったら相手が誤魔化そうとした時には特に追及をしたりせずに受け入れる僕だが、流石に今の坂上の言葉は聞き流す事は出来ない。
「冗談、冗談って言うけど、冗談じゃ済まないよ。坂上さんは何処から来たの?」
ここが地元では無いとなると、先程解決した、と思っていた家出問題が再び浮上してしまう。
大事な事なので強い口調で僕が聞くと、坂上は、「いやー」と言うと、困った顔をしながら頭を掻いた。
それでも、僕がしばらく待つと、観念した様に坂上は口を開いた。
「その、詳しく説明する必要がないと思って省いちゃったんだけど、夏休み中はちょっと用事があってここに来たんだ。勿論、両親は知っているし、ここに居る間に私のお世話をしてくれている人が一緒に来てくれていて、さっきはその人に連絡したんだ」
その話を聞いて僕は先程の坂上の泣いている姿が思い出された。
「もしかして、その人と喧嘩かなんかして公園で泣いていたの?」
「そう、そんな感じかな。まだ、顔を合わせるのが気不味いからもう少し外に居たいな、とも思って」
何だか、たった今理由を思い付いたかの様な感じもしたが、一応坂上の話は筋が通っている様な気がした。
デートという言葉はかなり大袈裟だが、要はもう少し外で時間を潰したいから付き合って欲しいという事なのだろう。
あまり連れ回しては良くないとは思うが、少し時間を置いた方が良い時もあるのは確かだ。
そう解釈をした僕が、「分かった。取り敢えずは朝ご飯を食べ終えるところまでは付き合うよ」と声を掛けると、坂上は安心した様な表情を見せた。
「ありがとう! その、今更だけど、ごめんね。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
そうなると、朝食の場所を決めなければならない。
気軽に入れるファミレスやファストフードの店でも良いとは思うのだが、坂上はあまりこちらの方に来た事が無い様なので、折角ならここら辺でしか食べる事が出来ない物にしたい。
そう思いながら僕は辺りを見回した。
そう言えば、ここから歩いて行ける場所に良い店があったはずだ。
スマートフォンを取り出して時刻を確認すると、今から向かえば十分開店時間に間に合いそうだった。
「坂上さん、行きたいお店は少し歩くんだけど、大丈夫そう?」
「うん、大丈夫だよ。こう見えて実は体力には自信があるからね!」
そう言って元気な様子で頷く坂上は、本当に体力がありそうに見えた。
それ程遠い訳では無いし、この様子なら大丈夫だろうと思った僕は、「それじゃあ、行こうか。こっだよ」と言って、進行方向を指差した。
僕と坂上は住宅街を抜けると、線路沿いを歩き始めたのだった。
「このまま線路沿いを真っ直ぐに進むとお店があるんだ」
「ここを走る電車って緑色の可愛い電車だよね」
「そうだよ」
「電車の窓から海を見る事が出来るんだよね? 良いなぁ。私、ここには車で来たから、まだ乗った事が無いんだよね」
「そうだけど、休日は観光客が多過ぎて景色どころじゃ無いよ」
僕の言葉に坂上は苦笑いをすると、「確かに混雑がすごそう」と、呟いた。
そんな話をしながら駅の前を通り過ぎてさらに真っ直ぐに進むと人が列になった並んでいるのが見えた。
「宇多川君、もしかしてあそこのお店で朝ご飯を食べるの?」
「そうだよ。少し待つかもしれないけれど、この辺りに来たなら是非食べた方が良いと思って来たんだ」
「こんなに朝早くから人が並んでいるという事はかなり人気なお店って事だよね。そう聞くと、とても楽しみ!」
そうして、僕と坂上が列に並ぶと、店員さんが来てメニュー表を手渡してくれた。
「朝の見てメニューはあじ干物定食とさば干物定食のどちらかなんだ?」
「そうだよ。定食に加えて是非卵も頼んでみて」
僕の言葉に坂上は首を傾げた。
「ご飯に掛けて食べるの?」
「まぁ、それに近いかも。きっと驚くと思うよ」
すると、丁度食事を終えた客が多かったのか、その後はそんなに待たずに順番が回ってきたので、僕と坂上は店員さんに呼ばれて店の中に足を踏み入れたのだった。
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