道で泣いていた女子に声を掛けたらデートに行く事になった。

宮田弘直

突然のデート 一

 朝日が出て間もない時間に僕、宇多川智也は海沿いを一人で散歩していた。


 昼間は観光客でごった返している海も今は誰もおらずとても静かであり、僕の貸切状態であった。


 一週間前に夏休みに入って以来、好きなだけゲームで遊び、眠くなったら寝るという生活を繰り返したせいで変な時間に目が覚めてから全く寝付けなくなってしまったのだ。


 今あるゲームにも飽き始めていた僕は、何となく思い付きでフラッと外に出たのだった。


 高校二年生の夏休みをこんな風に過ごしていて良いのか、という思いはあるが、かと言って何か目標がある訳でも無ければ、それをする為の行動力も無い僕は、ただ毎日をダラダラとしていた。


 まだ薄暗い所が所々ある道を何も考えずにボーッとしながら歩いていると、少し先の浜辺に大勢の人が居る事に気が付いた。


 てっきり貸切状態だと思っていたのにこんな時間から大勢で集まって何をしているのだろう、と思った僕が目を凝らしてみると、カメラや照明等の機材らしき物が見えた。


 それを見て、ここは綺麗な海で有名な場所であり、時々ドラマやコマーシャルの撮影等が行われているという話を聞いた事があったのを思い出した僕は、何か撮影をしているのだとすぐに思い至った。


 このまま海沿いを進んだら、撮影をしている場所の目の前を通る事になるだろう。


 何の撮影をしているか興味が無いのに目の前を通る事で野次馬扱いをされてはたまらない。


 そう思った僕は、海沿いの道から外れて迂回しようと考えた。


 そうしてまた海沿いの道に戻って散歩を再開させれば良い。


 そう考えた僕が、まったくタイミングが悪い事もあったもんだと思いながら住宅街に入り、公園の前に差し掛かった時だった。


 突然、何処からとも無く誰かのすすり泣く声が聞こえて来た様な気がした僕は、ハッとして我に帰ると、誰か人がいるのか、と考えた。


 この誰も居ない住宅街で誰かと鉢合わせるのはとても気不味い。


 そう思った僕が辺りを見回すと、どうやらその声は公園の中から聞こえてきているようだ。


 その事に気がついた僕は、それが人かどうかを確認する為に、そちらに向かって目を凝らした。


 すると、公園のベンチで何かが動いた気がした。


 その様子を見てすぐに、僕はそれがベンチでうずくまっている人だという事に気が付いた。


 他の人の事を言えた口では無いがこんな朝早くから何をしているのだろう、と思っていると、人の気配を感じたのか、ベンチに座っていた人が顔を上げた。


 見ると、その人は女性で僕と年がそんなに離れていないのではないだろうか、と思った。


 そんな若い女性がこんな時間に一人で何をしているのだろうか。


 そう心配に思っていると、僕がジッと見ている事を不審に感じたのか、「……あの、なんですか?」と警戒心を隠す事も無く、言葉をぶつけてきた。


 朝日が出てきたとは言え、まだ薄暗い中、周りに人が居ない状況で何も言わずジッと見詰められれば普通は警戒心を抱くだろう。


 そう考え、悪い事をしてしまったな、と思った僕は、これ以上相手を不安にさせない為に何も言わずに早くこの場を去ろうとした。


 しかし、そうしようと決めた瞬間、僕の脳裏に先程の啜り泣く声が蘇ってきた。


「……あの、大丈夫ですか?」


 もし何かあったのなら放っておいてはいけないだろう。


 そう思った僕は取り敢えず目の前の女性の状態だけでも確認をしておこうと思い声を掛けた。


「……何がですか?」


 女性からは引き続き警戒した様子で言葉が返ってきた。


「……いや、泣いている様だったので、何かあったのかな、と」


 僕の言葉に慌てて目元をぬぐうと、「な、泣いてなんかないです!」と、勢い良く言葉が返ってきた。


 行動と言葉が合っていないと思ったが、勢いのある言葉が帰ってきたので、これなら別に女性一人でも問題無いだろう、と僕は考えた。


 それならばこの辺で立ち去るべきだろう、と思った僕が歩き出そうとした時だった。


「……あっ、ちょっと待って!」


 まさか呼び止められるとは思わなかった僕は、その声を聞いて何を言われるのだろう、と思い、恐る恐る振り返った。


 僕が立ち止まったのを確認した女性は立ち上がると、小走りでこちらにやって来た。


 先程までは顔を俯かせていた事に加え、辺りが薄暗かったので分からなかったが、その女性はとても可愛らしかった。


 少し目元が赤くなっているが、化粧をしているのかとても大人びて見える。


 そんな女性に呼び止められて緊張をしていると、その女性は、「うーん」と言って、僕の顔をまじまじと見つめてきた。


「……すみませんが、お幾つですか?」


 女性の口から飛び出た言葉に驚いた僕は、「えっ?」と、声を上げた。


「……何歳ですか?」


 すると、女性は僕が質問の意味を理解する事が出来なかったと判断したのか、言葉を言い直した。


 意味が分からなかった訳では無いのに、と心の中で文句を言いつつも僕は、「……十七歳の高校二年生です」と、答えた。


「そうなんだ。同い年だからタメ口で良いよね?」


 どうやら同い年の様だ、と思うと、年が同じと分かり緊張が解けたのか、急にフランクになった女性の物言いに少し戸惑いつつも僕は頷いた。


「私、坂上静香って言います。よろしくね」


「……宇多川智也です」


 立ち去ろうと思ったのに気が付けば坂上のペースで話が進んでいる、と思いつつも僕は自分の名前を伝えた。


 すると、坂上は先程の話す勢いが嘘だったかの様に黙り込むと、僕の様子を伺い始めた。


 今度は何なんだ、と思っていると、「……それだけ?」と、坂上が呟いた。


 それはどう言う意味なのだろう、と僕が首を傾げると坂上は、「まぁ、良いか」と、呟いた。


 なんだか分からないが、無事に問題は解決した様だ。


 それならば適当に話を切り上げて、この場を立ち去るべきだろう。


 僕がそう考えていると、「宇多川君は彼女っているの?」と、坂上が突然尋ねてきた。


「え?」


 なんの脈絡も無く放たれたその言葉に、聞き間違いかと思い聞き直すと、「だから、彼女はいるの?」と、再度尋ねてきた。


 悪ふざけでこんな事を聞いてきたのかと考えもしたが、坂上の真剣な表情を見て、どうやら本気で聞いていると思った僕は戸惑いながらも、「……いない」と、短く答えた。


「……本当?」


 念を押してくる坂上に、こんな事で嘘を吐いても仕方が無いだろう、と思いながらも、「本当だよ」と、言葉を返した。


 すると、僕の言葉を聞いた坂上は、「やった」と小さな声で呟くと、スマートフォンを手にして操作をし始めた。


 僕に彼女がいない事で坂上に何のメリットがあるのだろう。


 そう思っていると、「これで良し」と言って、スマートフォンの操作を終えた坂上が僕の手を掴んだ。


「えっ?」


 突然の出来事に僕は驚きながらそう言ったが、坂上はそんな事を気にする様子も無く、「今日一日、私とデートをしよう!」と言うと、さも当然と言う様に僕の手を引っ張った。


「いやいや、ちょっと待って!」


 何の脈絡も無く放たれた言葉に慌てて僕が言うと、坂上がキョトンとした表情でこちらを振り返った。


「何? 今日、用事があるの?」


 用事がある訳では無いが、そういう問題では無いだろう。


 僕はそう思ったが、坂上は言いたい事だけ言うと、再び前を向いて歩き始めた。


 相手は女性なので、無理矢理腕を振り解く事も出来たが、そうしたら相手に怪我をさせてしまう可能性も出てくる。


 そうなったら大事になってしまう。


 そう思った僕は、取り敢えずついて行って、話をしながら穏便に別れよう、と考え、手を引っ張る坂上の横に並ぶと、歩くペースを合わせ、住宅街の中を進み始めるのだった。


 そのまま公園から離れると坂上は、「何処へ行こうかなぁ」と言って、楽しそうな様子だった。


 どうやら坂上は本当にこのまま僕とデートをするつもりの様だ。


 ここで話を切り出さなければズルズルといってしまうだろう。


「……僕はまだデートをするって言っていないよ」


 今までの坂上の振る舞いを受けて遠慮をする必要が無いと感じた僕は少し強気になりながら声を掛けた。


「えっ? でも、付いてきているじゃん」


 そう言って不思議そうな表情を浮かべる坂上に向かって僕は首を横に振った。


「腕を掴まれてたからだよ。無理に振り解いて怪我をさせたくないしね」


 そう言って僕は掴まれている腕を指差した。


 坂上は僕が指差した場所を見ると、「……あっ、ごめん! ずっと腕を掴んじゃってたね」と今気が付いたかの様に言うと、慌てた様子で腕を離した。


 そんな坂上を見て、結構勢いで行動をするタイプなのかもしれない。


 そう思った僕は、坂上が何かを言い出す前に口を開いた。


「坂上さん、どうして突然デートをしようって言ったの?」


 僕の言葉に坂上は戸惑った表情を浮かべて、少し考える素振りを見せると、「……デートに誘うのに理由は必要?」と、困った様な表情で呟いた。


 まさか逆に尋ねられるとは思いもしなかった僕は、「いや、まあ、そうだね」と、曖昧に言葉を返した。


「……そうか、理由ね」


 僕の言葉を聞いて、坂上は神妙な顔で考え始めた。


 その様子を見て、今度こそ理由を聞けると思い、僕は期待しながら次の言葉を待った。


 しかし、いつまで経っても言葉が返ってこない。


「……坂上さん?」


 僕が声を掛けると、坂上は暗い表情をこちらに向けた。


「……言いたくない」


 そう言う坂上の声色は先程までの会話で僕が抱いた坂上のイメージとは違う様に感じて、言葉に詰まった。


 同時に何かしっかりとした理由がある様に感じた僕は、これ以上無理に聞く必要が無いと思った。


 それにどうせ僕の方は今日はこの後も暇であるし、少し坂上に付き合っても良いのではないのか、と感じた。


「……分かった。それなら、少しだけ坂上さんに付き合うよ」


「……理由を説明していないのに良いの?」


「うん、別に良いよ。でも、その前に一つ確認しておきたい事があるんだ」


 不安げに呟いた坂上に頷き掛けると、僕はそう言って人差し指を立てたのだった。

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