2024/12/22
とはいえ、事態はおれにとってあまりにも不利だった。おれの襟をつかんだ雨息斎先生の手は、がっちりと硬く離れない。黒っぽい着物姿の先生は一見スリムなようだが、全然まったく非力ではない。
無理やり振りほどくのは難しい。じゃ、ジャケットを一瞬で脱ぐことができるか? いや、それも無理だ。ボタンは二つきっちりと留めてあるし、どんなに素早く脱いでも何秒かかかる。
先生はおれを睨んだまま、なおも詰めてきた。
「もう一度聞くぞ、柳。小隈野先生はどこ……」
「何してるの?」
子どもの声がした。おれだけじゃなく、先生もはっとして振り返った。内鍵で閉めたはずのドアがなぜか開いて、お揃いの服を着て同じ顔をした女の子が二人、手をつないで立っていた。
「ひっ」
ホラー感の高い演出に驚いて、おれは思わず声をあげてしまった。もちろん角蔵氏の二人の孫とわかってはいるが、このタイミングと演出で急に現れたものだから、本気でびびってしまったのだ。
「はぁっ?」
先生も素っ頓狂な声をあげた。先生がこういうことに気づかなかったなんて珍しいのだが、たぶんそれはおれにブチ切れていたせいだろうな――などと一瞬のうちに考えた。そして、そんな分析は今どうでもいいということにも気づいた。
今大事なのは、先生の指がおれの襟から離れたということだ。
おれはぱっと踵を返し、客間の窓に突進した。窓を開け、窓枠に足をかける。
しつこいようだが、かつてのおれはアクション俳優を目指していた。オーラはないしビビリだし、めちゃくちゃ見た目がいいわけでもない。演技もまずい。
だが、運動神経だけは結構いい。結構動ける。
窓枠を蹴って飛び上がったおれは、二階のバルコニーの手すりを掴んで体を持ち上げた。さらにその上の階のバルコニーを掴み、屋根の上によじ登る。
何でもできる雨息斎先生だが、おれほどは身軽じゃないし、アクロバティックな動きもできない。ここまで登ってくるのには時間がかかるはずだ。加えて先生のことだから、おれのおかしな行動を皆に悟られるのはなるべく避けたいはずだ。おおっぴらに手助けを求めるなんてことはしたくない――つまり、ここまで来るには時間がかかる。はず!
「うおおぉ、寒い」
十二月の風が、屋根の上のおれに吹きつけてきた。遮るものがないし、日は傾いてきているし、おまけにコートを着ていないので、涙が出るほど寒い。
両手を擦りあわせながら、おれは屋敷の北へと広がる森に目を向けた。あの森の中に、隠しトンネルの出口がある。角蔵氏はもうトンネルを抜けただろうか……。
「続きを書いてもらわなきゃいけないんだ」
おれはそう独り言ちた。「小隈野……いや、米俵愛先生に『らぶ
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