2024/12/18
おれがひねり出した「小隈野角蔵、実は幽霊だった」説は、読増さんによってあっさり否定されてしまった。
「読増さん、その証拠というのは?」
泰成氏が怪訝な顔で尋ねると、読増さんはどこに隠し持っていたのか、タブレットをさっと取り出した。
「これですよ! web小説投稿サイトです」
タブレットの画面には、さっきおれが見たサイトのページが表示されていた。
「証拠はこの『明滅! らぶらぶ殺法☆転校してきた幼馴染は道場破り!?』という作品ですね。著者は
ブッ! と音をたてて泰成氏が吹き出した。菊代さんは「なん……ですって……!?」と言いながらガタガタ震えている。
「ぎ、義父がラブコメを!? しかも明滅らぶらぶ殺法転校してきた幼馴染は道場破りってあなた、そんな……義父はホラー作家ですよ? 多くの人々を震えあがらせてきた……それが……らぶらぶ殺法……?」
どうしてそこまでショックなんだ……。
「菊代さん、さぞ驚かれたことと思います」
読増さんは菊代さんを落ち着かせるように、深くゆっくりとうなずいた。「しかし、僕は数年来、小隈野先生の担当を務めてまいりました。元々先生の長年のファンでもあった僕は、先生の著作、対談、書評、エッセイ、インタビュー等すべてに目を通し、また新作を書くお手伝いをさせていただいてきました。誰よりも先生の作品について理解し、熟知しているつもりです。その僕が断言します。これは小隈野角蔵の作品だ!」
おそるべき熱量をもって、読増さんは断定した。
「ジャンルが違っても、文章の持ち味や話の構成の仕方の癖といった部分は同じです。これは読増先生の作品だ。連載が始まったのは――というか、この人物がこのweb小説投稿サイトにアカウントを作ったのは、先生が失踪された直後です。それから一日一話のペースを守りつつ、およそ一年間にわたって連載を続けています。ちなみに現在、第三部の途中です。この作品をたまたま発見したときの僕の喜びようといったらもう、とてもお見せできないようなものでした……小隈野角蔵は生きている。そう確信してこの一年間、こちらの作品の更新を待ちつつ先生を探していたんです……! うううっ」
急に感極まったのか、読増さんは泣き始めてしまった。
「それじゃ、こちらのラブコメも書籍になさいますの?」
菊代さんが尋ねると、読増さんは泣きながらも「うーん」と唸り、腕を組んだ。
「ジャンル的におそらく文芸ではなく、別のレーベルの担当者に任せた方がいいとは思うんですが……正直なところ、先生にラブコメのセンスはありません。なるほど文章は上手いし、物語にもちゃんと起承転結や山場がある。しかしこう、どれもこれもどこかで読んだような内容で、かつ微妙なテンポの悪さ、ヒロインの古臭さ……正直なところ、絶妙に面白くないのです」
小隈野先生……そして読増さん、なんて職務に忠実で容赦がないんだ……。
「なんてことだ……先生、本当にラブコメを……」
角蔵氏の助手である翔氏が、震える声でそう言った。
「――実は、俺は中学生の頃からラノベ作家を志し、特にラブコメを書いてきました。小隈野先生は俺の作品を読んで、手直しをしたり、感想をくれたりしていたんです。その際に『わしもこういうものを書けたら楽しいだろうな……』などと仰っていました。てっきり冗談かと思っていたのですが……」
「翔! なんてことを……!」
菊代さんが泣きながら翔氏に駆け寄り、ビンタをした。
「いてぇ! 大体姉さんはどうしてそんなにラブコメがショックなんだよ!? 別にいいだろ、ホラーの大家がラブコメ書いたって!」
「だって! らぶらぶ殺法よ!? しかも絶妙に面白くないのよ!?」
姉弟喧嘩になりそうな二人の間に、泰成さんが「まぁまぁ」と入っていく。
そのとき、頭上が急にバタバタと騒がしくなった。
「旦那様! 奥様! どなたかいらっしゃいませんか!?」
どうやら、屋敷のお手伝いさんが呼んでいるようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます