2024/12/17
隠し部屋の中に角蔵氏はいない。本棚だらけの書斎にも隠れるスペースはなかったはずだ。おまけに唯一の出入り口である書斎のドアはふさがれていて、開閉した形跡がない――つまり密室じゃないか、とおれは素直にそう思ったのだが、先生の顔を見た途端(あ、しまった)と思った。
「ふーん……柳くんさぁ……」
などと言いながら、頬の辺りがめちゃくちゃひきつっている。おれが「密室だ!」などとフィクションめいたことを口走ったせいだろうか、かなり怒っている……おれに全力でつっこめないのも相まって、普段よりフラストレーションが溜まっているようだ。
「えー、柳くん……角蔵先生が密室から消え失せたということは、つまり――どういうことだと思う?」
先生が、ものすごくひきつった笑顔を浮かべながら聞いてきた。おれはおずおずと答えた。
「と、ということは、つまりですね……えー、あの、我々が遭遇した小隈野先生は」
「うんうん」
「実はその……ゆ、幽霊だったんでは、ない、かと」
そう、実は角蔵氏は本当に雪崩に巻き込まれて亡くなっていた。しかし角蔵氏の魂はそのことに気づかず、死してなお愛着の深いこの隠し部屋に戻って、屋敷内でポルターガイストを引き起こしつつ、ひっそりと暮らしていたのだ。出入口を閉ざされた部屋から忽然と消え失せる芸当も、幽霊ならば朝飯前に違いない!
――などという説を持ち出して納得するような雨息斎先生では、もちろんない。
「ふーん……柳くんはそう思うんだぁ……ふーーーん……?」
やばい。これ事務所に戻ったら本当にやばいことになるかもしれん。おれの頭の中を走馬灯が駆け巡る。そのときだった。
「きっと妖怪の仕業ですわっ!」
菊代さんが、大きな声を張り上げた。
「この辺りには妖怪伝説があって、この辺りで起こると言われる神隠しは、妖怪のせいではないかと伝えられておりますの。神隠しというと昔話の世界かと思われるかもしれませんけど、このあたりでは昭和末期に、神隠しに遭ったと思われる人が……」
菊代さんは、目を輝かせながらマシンガントークを始めた。泰成氏が溜息をついた。
「すみません、実は私よりも家内の方が、こういった話が好きでして……私はホラー耐性だけはあるのですが、そこまでの興味は持てませんで」
「あなた! あんな父親を持ちながら、なんてもったいないんでしょう! 少しは好美と和美を見習ったらどうなの?」
双子を引き合いに出すあたり、もしかしたらホラー的英才教育を施していたのは菊代さんなのかもしれない……と、そこで、
「先生が神隠しに遭ったかどうかわかりませんが、僕は生きていた派ですねぇ」
と、読増さんが口を挟んだ。
「柳さんの説も確かに面白いですが、僕の方には証拠があるんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます