2024/12/16
「うーん、頭いてぇ……」
床の上に体を起こして後頭部をさすっているおれの肩を、先生がポンポンと叩いた。顔を上げたおれは、思わず震えた。先生が怖い。「お前何やってんだ殺すぞ」と言わんばかりの、怒気にあふれる表情が浮かんでいる。おれは慌てて弁明に走った。
「きゅ、急に何かで殴られたんですよ! 大人しくなったと思ったのに、殴るとか思わないじゃないですかだって!」
「そっかー。柳くんが大したことなさそうでよかったなぁー。頭を打ったんなら早めに病院に行くんだぞー」
他人の手前、おれにブチ切れたりはしない先生だが、それでも慰めの台詞がずいぶん適当だ。怒りのせいで平常運転が難しくなっているらしい。
「まさか父が他人様に暴力をふるうとは。柳さん、申し訳ありません。我々が書斎の外で待っていればよかったのですが、少々外しておりまして……もっと雨息斎先生と早く合流できていれば」
泰成氏は青ざめた顔でしきりに頭を下げる。この人は何も悪くないのに、なんだか申し訳なくなってきた……。
「しかし、先生はどこにいるんでしょう?」
クローゼットやバスルーム(小さいがちゃんとシャワーもトイレもついている)を開けたり、デスクの下を覗いたりしていた読増さんがそう言った。「この部屋には、ろくに隠れるところもなさそうですが」
「じゃ、じゃあ、おれが倒れている間に、先生は書斎に戻って、その」
おれは慌てふためきながらも続けた。「しょ、書斎のドアから逃げ出したんじゃないですかね!?」
そう、それしか考えられないのだ。角蔵氏にしてみれば、隠れるよりもむしろ屋敷の外に逃げたいはずだ。だったら、鍵が開けっ放しの書斎のドアから普通に出て行った。泰成氏たちは書斎の前にはいなかったようだし、そうに違いない。
だが、泰成氏も読増さんも怪訝な顔で、「いや……」「おかしいですね」と首をひねっている。なぜだ? おれはそんなに変なことを言ったのか……?
「書斎のドアは、誰も通っていないはずですよね」
雨息斎先生が突然そう言った。泰成氏たちもすぐにうなずく。
「えっ! なんでわかるんですか!?」
「いや、柳くんが小隈野先生に逃げられる可能性も念のため考えておかなければと思ってね。書斎のドアの前に椅子や消火器を置いて、ちょっとでも時間が稼げるようにしておいたのさ。それがまったく動かされていなかった」
先生、短時間でそんなことをしていたのか……。
「内側からドアを押して引きずれば、廊下の絨毯にそれなりの跡がつくはずです」
泰成氏がそうつけ足し、読増さんもうなずいた。ということは、これは――
「えっ、じゃ、じゃあ、小隈野先生は、密室から消えてしまったってことですか!?」
おれは思わずそう叫んだ。それじゃあ、本当に怪事件が起こってしまったってことになるじゃないか……なんだそれ……。
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