2024/12/15

「待ってください雨息斎先生!」

「あーっ! ちょっ、ちょっと待」

「結界さん、止めんでください!」

「柳です!」

 とかなんとか、おれと角蔵氏がもみ合いながらごちゃごちゃやっている隙に、雨息斎先生はさっさと部屋を出ていってしまった。

「ああ……もう駄目だ……おしまいだぁ」

 角蔵氏は床に膝をつき、さめざめと泣き始めた。

 気の毒な気もするが仕方がない。なるほど、大作家にも大作家なりのプレッシャーやストレスがある。あるのはわかるが、だからといってこのまま行方不明を続行して死亡認定がおりちゃうのはまずいだろ……。

 なんといっても角蔵氏には家族がいるんだし、角蔵氏に好意的なファンだってたくさんいるはずだ。とはいえ、否定的な言葉が気になっちゃうのは想像に難くない――そういえば「十の褒め言葉より、たったひとつの中傷の方が心に刺さって凹んじゃうんだよな」って、劇団時代の先輩が言ってた気がするな。おれは中傷以前に全然目立ってなかったので、そんなものかぁと思っていたのだが、こんなときに思い出すとは……かといって、おれが角蔵氏に対してできることはたぶん何もない。

「もうやだ……ホラー書くのしんどい……何書いても自分の作品と比べられてしんどいよ……」

 角蔵氏はまだ泣いている。放っておくわけにもいかないよな……とりあえず声をかけてみることにした。

「あの〜、こわ」

「結界の方!」

 小隈野先生が急にガバッと起き上がった。「ちょっと話を聞いてくださらんか。家族や読増くんが来る前に、誰かに話しておきたいことがあるのだ」

 そんなことを言いながら涙を拭い、絨毯の上にきちんと正座をした、

 おれは結界の方ではなくて柳なのだが――なんて言ってる場合ではない。雨息斎先生のことだ、すぐに泰成氏たちを連れて戻ってくるだろう。

「わ、わかりました。お聞きします」

 おれも絨毯の上に正座をし、角蔵氏と向かい合って座った。


・・・・・・


「……おい、柳!」

 ぺちぺちと頬を叩かれて、おれはようやく瞼を開いた。

 動かした手がふかふかしたものに触れた。おれは絨毯の上に、うつ伏せで倒れていたのだ。言うまでもなく、ここは角蔵氏の隠し部屋の中である。

「あっ、先生」

「あっ先生じゃないぞお前。何やってんだ?」

 先生はいつもの口調なのでものすごいひそひそ声だ。後ろでは泰成氏たちが「こんな部屋があったなんて……」などと口々に言い合っている。

「何やってんだって、あれ……?」

「小隈野先生を見張ってたんじゃないのか? 先生はどうした?」

「……あっ!」


 隠し部屋の中に、すでに角蔵氏の姿はなかった。

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