2024/12/14

 角蔵氏はおれの手を離して駆け出した。ズザザーッと音がしそうな勢いで先生の前に回り込むと、

「ないしょにしててください!」

 と叫んで頭を下げた。

 なんか言い方と仕草が謎にかわいいな……が、このくらいで「じゃあいいですよ」となる先生では、もちろんない。

「いやいや、いくら小隈野先生の頼みでもそれは」

「やだ! みんな絶対怒るもん! そしてむちゃくちゃなスケジュールでシリーズ新作を書かされる!」

「先生が一年も隠れてたからでしょうが! 一緒にみんなに謝ってあげますから!」

 雨息斎先生が、幼稚園の先生みたいになってきた。

 先生は角蔵氏を振り切って階段へ進もうとするが、角蔵氏はまだ粘っている。先生のことだから、その気になれば角蔵氏の襟をとってひょいっと投げてしまえると思うのだが、それはまだ堪えているようだ。

「お願いします雨息斎先生、なんとかうまいこと口裏を……結界さんもお願いします」

「や、柳です……」

 先生が、しぶしぶという感じで足を止め、ため息をついた。

「しかしですね、小隈野先生。私はこの館に『怪現象を止めてほしい』という依頼を受けて呼ばれたんですよ。ポルターガイスト現象を起こしていたのは、小隈野先生でしょう? 物音をたてたり、こっそり家具を移動させたりしていたんですよね?」

 指摘された小隈野先生は、見るからにシュンとしてしまった。

「バレちゃった……」

 だからなんでちょっとかわいいんだよ。

「だって、わしの死亡が認定されたら、相続が始まるじゃないですか。そしたら息子たち、なんとこの屋敷を売ろうって算段を立て始めたんですよ! 売られたら困るんですよ!」

「そうでしょうねぇ」

「わしはねぇ、息子たちはこの屋敷を、わしの死後も残してくれるだろうと思っていたのです……だってすごいがんばって建てたし、ホラーゲームみたいでしょ? かっこいいでしょ?」

「かっこいいですけど、息子さんたちにとっては不便なことも多いお宅です。小隈野先生には申し訳ありませんが」

 先生が残酷なくらい冷静に切り返すと、角蔵氏は首をぶんぶんと横に振った。

「あいつらはロマンがわかっとらん!」

「そうかもしれませんねぇ。で、先生はこのおうちを売られないように偽の怪現象を起こし、不動産業者を追い返していたと。でも大丈夫、お屋敷を守る方法はありますよ。先生が実は生きていたと皆さんに教えることです。生きていれば相続は起こりませんし、先生はこのお屋敷に住み続けることができます。はい、決定!」

「ヤダー!!!」

「やだじゃない!」

 先生はきっぱりそう叫ぶと、これも武術なのか? と思われる素早い横移動であっと言う間に角蔵氏の妨害を突破した。

「柳くん! 先生が逃げないように見張っててくれたまえ!」

 くれたまえ、じゃないんだよ。大変な役目をおおせつかってしまった。

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