2024/12/13
大作家は駄々をこねていた。
「ヤダ! 絶対やだ! 読増くんとか絶対超詰めてくるもん!」
それはわかる。正直おれもそう思う。でも駄目だろ、このまま隠れてるのは……。
「まぁまぁ先生、皆さんきっと喜びますよ! 私も一緒に行ってフォローしますから」
雨息斎先生もかなり優しいことを言い出した。内心舌打ちしているかもしれないが、一切顔に出さないところがさすがだ。
しかし、角蔵氏はしぶとい。俯いてふるふると首を振り、
「お二人にはおわかりになりますかな……わしがどれだけ苦労して『禍々姉妹シリーズ』やほかの話を書いてきたか……!」
と語りだした。
「キッツイんですよ! 命を削るような思いでネタを出し、老体に鞭打って書き上げ、さらに鞭打ってゲラを読み、諸々の確認事項を経てヒイヒイ言いながらやっとの思いで出した新作を『◯作目の劣化コピー』とか『ピークを過ぎた感が否めない』とかなんとかかんとか、過去の作品と散々比べられて胃がギュンギュンする日々……おまけにワーカホリックの読増は『先生、新作の構想はできましたか!?』とかなんとか昼夜問わずメールを送ってくるし、そんなことやってる間にもあれこれの〆切はどんどん迫ってくるし……つまり、疲れたのだよ……わしは疲れたのです」
「あの……お手を放していただいてもよろしいでしょうか……」
おずおずと頼むと、角蔵氏は「あっごめん」と言って、握ったままだったおれの手を解放してくれた。うーん、ちょっと湿っている……。
が、それはそれとして、角蔵氏が逃げ出したくなる気持ちはわかる。自分の作品を批判され、仕事を急かされ、〆切はすぐ背後に迫り――なんて、想像するだけで胃が痛くなってくるじゃないか。小隈野角蔵のような大作家にも、そういう苦悩があったんだなと想像すると、なんだか親近感がわいてきてしまう。
「一年前、わしが雪崩に巻き込まれずに済んだのは、まったくの偶然でした」
角蔵氏は話を続けた。「山に入ったはいいが、ふと登山計画とは違うルートを行きたくなったのです。普段だったらそんなことはしないのだが、やっぱり逃げ出したいような気持ちになっていたんでしょうな……自分が行方不明、というかほとんど死亡者扱いになったことを知ったときは、正直『助かった!』と思ったもんです。これですべての仕事から逃げることができると……」
「小隈野先生、お気持ちお察しします……」
「おお、結界の方! わかってくださいますか!」
「や、柳です……!」
もう一度手を握られてぶんぶん振られていると、雨息斎先生が角蔵氏に声をかけてきた。
「この部屋は、先生が主導で作られたものですよね?」
「ええ、そうです」
角蔵氏はうなずいた。「この屋敷はわしが建てさせたものですからな。書斎の下に隠し部屋を作ったのは、まぁ……秘密基地のつもりでした」
その秘密基地のおかげで、角蔵氏はおよそ一年間、行方不明のままで居続けることができてしまった。長いバカンスと言えないこともないが、やっぱりこのままでは――よくない、と思う。
「なるほど、他のご家族はご存じない?」
「……ええ。何しろ秘密基地ですからな」
「そうですか……じゃ、上の部屋に出ておられた方がいいですね。私はご家族を呼んでまいりますので」
そう言うと、先生はさっと踵を返した。いや、容赦ないな!?
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