2024/12/11

「あったって、何ですか? 先生」

「しっ、部屋の外に聞こえるかもしれん。まだ伏せておこう」

 先生は大きなデスクの前に立って、おれを手招きした。

 おれはそちらに向かった。いかにも「ここで大御所作家が執筆をしています」という感じがする、立派な机だ。つやつやした木の天板の上に、デスクトップパソコンと国語辞典が置かれている。先生はそのデスクから椅子を引き出し、

「下に蓋があるんだよ」

 と言って指さした。

 覗き込んでみると、確かに先生の言う通りだ。デスクの脚を入れるスペースに、正方形の切れ込みが見える。一見ただの木の床のようだが、その一部をスライドさせると取っ手が出てきた。

「うわっ、まじで蓋じゃないすか……!」

「な。よく見ると、デスクの抽斗の裏にこの取っ手を引っかけるところがある」

「ははぁ、蓋を開けたままにできるのか。床下収納ですかね?」

「呑気だなお前は。そんな小さいもんじゃないぞ」

 先生はそう言いながら蓋を開け、デスクに取っ手を引っかけてみせた。

 正方形の穴の向こうには、なんと階段が続いており、さらにその先には金属のドアが見えた。おれは思わず「うおお、すげぇ」と声をあげた。

「これ、どう見ても隠し部屋だろ」

「ロマンありますね……先生、よく気づきましたね?」

「足音の響き方が違うんだよ。じゃ、ロマンは置いといて柳、見てこい」

「ええ!?」

「しーっ! いいから見てこいって。明らかに部屋か、そうでなきゃ出入口があるだろ」

「ありますけど、ありますけども、おれじゃなきゃダメですか!?」

「万が一のことがあってお前がやられたら、俺はそれを見て対策を考える。だが逆に俺が先に行ってやられたら、柳はびびって逃げるだろ。違うか?」

「違いません」

「何でそんな素直なんだよ。とにかく行ってこい。早く」

「ヒィ……」

 とはいえ先生に逆らって成功した試しがないので、おれは言われたとおりに階段を降りることにした。足を載せると、みしっと思いがけず大きな音が鳴った。心臓が口から飛び出しそうになったが、おれは我慢して足を先に進めた。先生は穴の外からおれを見下ろしている。

 無事に下まで降りることができた。あとはドアを開けるだけだ。

「の、ノックとかした方がいいすかね……」

「不意打ちしろ」

「ヒエェ」

 ビビリには荷が重い……そう思いつつ、おれはドアノブに手をかけた。

「えいっ!」

 気合を入れて一気に開ける。と、中から「ひゃっ!」という男の声が聞こえた。

 部屋の中にはたくさんの本棚とデスク――上の書斎よりはずっと質素なものだが――が置かれており、なんだか書斎のコピーのような部屋だった。デスクチェアには老人が一人腰かけている。

 さすがのおれにも、それが誰だかわかった。仕事の前にここの資料を見せられたし、本や雑誌、テレビでも見かけたことがある。

 驚愕に顔を歪めてはいるが、それは明らかに小隈野角蔵――雪山で死んだと思われているホラー作家その人だった。

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