2024/12/10

「……ありがとう柳くん……いいね……いい結界……」

 先生は肩を震わせて笑いをこらえながら、おれを適当に褒めた。とはいえ、それからすぐにスンッと真顔に戻ったのはさすがだ。

「ではこれから詳しく室内を調べますので、皆さんは部屋の外にいてください」

 先生がそう言うと、読増さんが不満げな声をあげた。

「ええっ、私も駄目でしょうか?」

 まぁ、彼の立場なら写真とか撮りたいだろうな……とはいえ、この程度の懇願で「じゃあいいですよ」などと言い出す先生ではなく、いかにも深刻そうな声で「万が一のことがあっては元も子もありません。安全が確保できたらお呼びします」と答えた。

「調査に際しては門外不出のアレコレもございますので……柳くん、手伝ってくれ」

 先生がおれを手招きした。「結界はちょっと越えてきて」

「ちょ、ちょっと越えて」

 また変なネタふりして……おれはその辺を適当にピョンと飛び越して、先生の方に移動した。

「では皆さんは外へお願いします。ああ、結界を踏まないように……くれぐれも私が呼ぶまではそちらにいてください」

 泰成氏と読増さんは、ありもしない結界を避けながら部屋を出て行った。先生はすぐに扉に近寄り、内側からドアの鍵をかけた。

「先生も結界避けるやつ、やってくださいよ。踏んでますよ今」

 小声で話しかけると、「客が見てないときはやらん」と返された。

「人がいなくなったところで……じゃ、調べるか」

「調べるかって?」

 おれの質問をよそに、先生はまた柏手を打った。一度ではなく、何度も手を鳴らす。パァン! とよく響くいい音がする。

「ふーん」

 先生はうなりながら部屋の一番奥に移動し、今度は足音を立てながら部屋の中を移動する。おそらく、音の反響を利用して何かやっているのだが、人並みの聴力しか持ち合わせていないおれには、何をしているのかさっぱりだ。とりあえずは音をたてないように注意しつつ、近くの本棚を眺めることにした。

 全体的に黒い。ホラー作家の本棚だけあって、これほとんどホラーなんだろうな……という背表紙とタイトルが並んでいる。小隈野先生の著作が固まっている一角もあり、一見してその著書の多さがうかがえた。同じ本が何冊か並んでいるのは、版が違うのだろうか。単行本や文庫本だけでなく、文芸誌も多い。

 ほとんどの本棚には本がきちんと並んでいるが、向かって右手にある入口に近い本棚には空きが目立つ。おそらくここから床に散らばった本が抜かれたのだろう。しかし、一体誰が――などと考えるそばから、おれの頭には双子の女の子たちの姿が浮かんでいた。ホラー仕草満載のお喋りをして姿を消した彼女たちだが、もしかするとホラー仕草追加サービスのつもりで部屋を散らかしたのかもしれない。鍵の管理について泰成さんに確認する必要があるかもな……などと考えられるようになったあたり、おれも少しはびびりが改善したのだろうか。ともかく、無闇にポルターガイストを恐れる気持ちでは今のところ、ない。

 しかしさすがホラー作家の本棚だけあって、本が抜かれたその後ろにもさらに本が並んでいる。何の本があるのか、わからなくなりはしないだろうか……などと思っていると、先生が声をかけてきた。

「おい、あったぞ」

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