2024/12/03

「実は小隈野先生は、ちょうど一年前の今頃、趣味の登山中に雪崩に巻き込まれて行方不明に……というか、状況的に遺体が見つかっていないだけかと思われるのですが」

 重い秘密を聞いてしまった。死亡認定が下りるのを待って、親族や関係各所から小隈野先生の死亡を発表する予定らしいが、ともかく今のところは親族の希望もあり、事故のこと自体足並みをそろえて伏せているのだそうだ。

「そうでしたか。それは残念だ……」

「ええ、本当に残念です。ここ最近のホラーブームのおかげで先生の既刊は続々重版、そろそろ新作が読みたいという声も相当高まっているところで……いや、本当にもったいない」

 もったいないもったいないと呟きながら、読増さんは腕組みをした。

「……で、読増さんが私に相談したいことというのは?」

「ああ、そうでした。実は最近……」

 と、読増さんは声をひそめる。「――小隈野先生のお宅で、心霊現象が起きるようになったというのです」

「なるほど。そういうわけでしたか」

「ええ。心霊現象が起こっているとなれば、ここは霊能力者の出番ですからね!」

 読増さんの言葉に熱が入ってきた。なんだろう、企画の話をしているときと同じ気配を感じるな……。

「で、ついては雨息斎先生に、小隈野先生のお宅にいらしていただきたいのです」

「なるほど、承知しました。私であれば除霊も……」

「あ、いや、それはその、ええと、その~」

 読増さんの言葉のキレが急に悪くなった。「――正直、その、ご家族には除霊を頼まれております。おりますんですが……」

「しない方がよろしい?」

「そうなんです。さすが先生、話が早い」

 読増さんは深くうなずいた。

 自宅で心霊現象が起こるなんて、ビビリのおれは想像するだけでもちょっと憂鬱になれる。「しない方がよろしい」なんて、「害虫が出るけど退治しないで」と言っているのと同じように聞こえてしまう。だが。

「さっきも言ったとおり、世は空前のホラーブーム! 館で起こる怪現象を取材し、記事にまとめたいのです。可能であれば書籍にもしたい! 先生には解説係と言いますか、現地でコメントなどをお願いしたいのです。あと先生の顔写真が載ると部数が増えますし……あっでも除霊がどうしても必要でしたら、その様子を取材しますので! 大丈夫です!」

 と説明する読増さんの目は、ギラギラに輝いていた。


 とにかく、先生が依頼を断らなかったので、おれたちはこんな具合に小隈野邸へと赴くことになったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る