2024/12/02

「禅士院先生、小隈野角蔵こわいの かくぞう先生はご存じですか?」


 東京にある禅士院雨息斎の事務所は、瀟洒な一戸建ての一階にある。お洒落古民家カフェのようなオフィスで、来客用のソファに腰かけながらそう尋ねたのは、丸川書房という出版社の編集者で、読増晋作よみます しんさくという男だった。

 雨息斎先生、どうしてニセ霊能力者なんかやってるのかわからないくらい全方位にスペックが高い。当然のように文章を書くのも上手く、雑誌やWebサイトなどに占いのコラムやエッセイを書いている。そのため、いくつかの出版社と付き合いがある。

 丸川書房はそのうちの一つだ。だが、今日はコラムの打ち合わせではない。「別件で」とのことで、詳しい話はまだ先生も聞いていないのだ。

「小隈野先生ですか? もちろん知ってますよ。ホラー小説の大家ですからね」

 先生は愛想よく微笑みながら答えた。最近めっきり寒くなったので、いつもの黒っぽい着物の下にハイネックの薄いセーターを着ている。何を着ていても様になるからイケメンは得である。

「『禍々姉妹まがまがしまい』シリーズで有名ですよね。私も読んだことがありますよ。三作目が一番好きかなぁ。構成が凝っててて……」

 ちゃんと丸川書房から出ている本を持ち上げるあたり、さすがである。

「雨息斎先生は、色々読んでらっしゃいますよねぇ」

 読増さんは感心したようにうなずいた。実際先生は、どんな顧客が来てもある程度話が弾むように、あらゆる分野の情報を吸収しようとしている。その勤勉さがありながらなぜニセ霊能力者などやっているのか、本当に謎である。

「確か小隈野先生は、昨年あたりから長期の休業をなさっていますね? 体調がよくないとか……」

「そうなんです。いや、その……実は」

 読増さんはちらりとおれの方を見た。――そういえば、すっかり自己紹介を忘れていた。おれは柳祐介やなぎ ゆうすけ。雨息斎先生の助手で、彼がインチキ霊能力者であることを知る数少ない人物のうちの一人だ。かつてはアクション俳優を志していたが、残念ながら存在感は滅法薄い。

 そんなおれを来客が気にするのは、大抵先生に何かしら秘密を打ち明けたいときだ。当然、先生も目ざとくそれに気づく。

「助手のことでしたらご心配なく。口の固い男です」

「そうですか……まぁ、助手の方にもご協力いただくことがあるでしょうから……」

 読増さんは「絶対内密に」と念を押した上で、意を決したように話し始めた。

「これはまだ発表しかねていることなのですが……実は小隈野先生は、すでに亡くなっているようなのです」

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