【アドベントカレンダー】禅士院雨息斎のホーンテッドハウス劇場

尾八原ジュージ

2024/12/01

「先生! なんとかしてください! 幽霊のせいでもう胃が痛くて……」


 ビシッとしたスーツを着た、年の頃四十代半ばくらいの紳士は、そう言って先生――霊能力者・禅士院雨息斎ぜんしいん うそくさいにすがりつかんばかりにしている。おれはいつものようにハラハラしながら、二人のやりとりを眺めていた。

 毎度おなじみ、どうしてこんなところに……と思うような場所に建てられた豪邸に招かれたおれたちは、着くなりその応接間に通されていた。

 ワインレッドを基調にした壁紙やカーテン、大理石のテーブル。使われてはいないようだが、暖炉までもが造り付けで設置されている。シャンデリアが室内に明かりを投げかけるものの、部屋の中には幾つもの暗闇が生まれていた。

 語彙力のないおれは、中年男性の訴えを聞きながら、この部屋を何と言い表すべきか無駄に考え込んでいた。単に豪華というのではなくて、何というか――いかにもホラーやサスペンスものの映画に出てきそうな、そんな感じの部屋なのだ。おれは以前、役者を目指していたのだが、その頃の記憶がやけにチラつく――ああ、そうか。セットっぽい。この部屋は舞台装置っぽい。

「センセ、あたくしからもどうかお願いしますわ。つい昨日も、誰もいないはずの部屋から足音が聞こえましたの」

 首に毛皮をまきつけた夫人が口を挟む。先に登場した男性の妻らしい。

「俺もそれ、何度か聞いたぜ。泣き声みたいなのがする時もあるしよ、勝手にドアが開閉するなんて日常茶飯事だぜ。まったく、困るよなぁ。いつまでもこれじゃ」

 革ジャンをまとい、部屋の中だというのにサングラスをかけた男が加わる。これは妻の弟、つまりスーツの男性にとっては義弟らしい。

 その他には小学校低学年くらいの女の子が二人、おそろいのクラシカルなワンピースを着、手を繋いだまま大人たちの話を黙って聞いている。顔も背丈もそっくりだから、きっと双子なんだろう。かわいい子たちだが、正直怖い。どうしたって映画『シャイニング』を思い出してしまう。彼女たちはどうやら、スーツの男性の娘のようだ。

 このほか老母もいると聞いたが、この部屋にその姿はなかった。部屋の隅には使用人らしき男女が控えているが、彼らも口々に、

「食器が勝手に割れてましたわ」

「家具が逆さまになってたり……」

 などと囁き交わしている。

 怖い。ポルターガイストじゃん。

 どうしてこんな館に来なければならなかったのか――と問われれば、おれが霊能力者の助手だからだが、怖いものは怖い。生まれつきビビりなのだ。

「ご安心ください皆さん! この禅士院雨息斎が来たからにはもう大丈夫です」

 先生はいつもながらに自信満々な態度で、館の面々にそう言い放つ。顔と声がいいので何を言っても説得力がある。

 しかし先生、相変わらず肝が太すぎる。どうしてこんな余裕綽々でいられるんだ。もしもバレたらとか、考えもしないのだろうか……。


 そう、おれは知っている。


 この男――禅士院雨息斎は、霊能力などかけらもない、インチキ霊能力者なのである!

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