第6話 週明け

 週が明けると平日が始まる。

 朝早くに登校して、HRが始まるまでは自由に過ごすものだ。

 授業の準備をする者、クラスメイトと談笑する者、机に突っ伏して少しでも寝ようとする者など。

 そしてこの日の灯也とうやはといえば、提出する課題の確認を済ませていたところだった。


「おはよっ」


 鈴の音のような声がかけられると同時に、ひょいっと覗き込んできたのは美少女アイドルのご尊顔。

 あまりの近さに灯也は驚きつつ、「おはよう」と挨拶を返した。

 しずくは特に会話を続けるわけでもなく離れていき、他のクラスメイトたちにも元気よく挨拶をしていく。

 彼女の存在が室内の空気を明るくする中、灯也だけは異なる感想を抱いていた。


(なんか、違和感がすごいな……)


 先日、素の雫と長く会話をしたせいか、愛嬌満点なアイドルモードの雫を見ていると、妙な違和感を覚えてしまった。

 だからどうしたという話ではあるので、灯也は頭の中のモヤモヤを振り払うしかないわけだが。

 と、そこで修一しゅういちが興奮ぎみに近づいてきた。


「なあなあ、灯也は今週のマガジャン買ったか?」


「買ってないけど、どうせ『六しこ』だろ?」


 週刊の少年漫画誌マガジャンで連載中の女子高生サッカー漫画『六人のなでしこ』――略称『六しこ』は、修一がお気に入りの漫画だ。アニメ化と実写映画化が決まっている人気作である。

 けれど、今回のお目当ては少々違うようで、修一は今朝買ったらしいマガジャンを机に出してくる。


 その表紙には、水色のサッカーユニフォームを着た雫が映っていた。

 いわゆる、表紙グラビアというやつだ。


「へぇ」


「これやばくね? 姫野雫とユニフォームの組み合わせとかマジ女神だろ! SNSでもだいぶバズってるし、近所のコンビニでもこれが最後の一冊だったぜ! やっぱグラビアは電子じゃなくて現物に限るよな!」


「いや、これはユニフォーム風のTシャツってだけだろ。てか本人が教室にいるのに、よくこういうのを広げるよな……」


「こういう布教も応援の一環だろ。盛り上がってるのはオレだけじゃないしな」


 ふと気づけば、クラスの何人かは所持して眺めていたし、雫のグループもグラビアの話題で盛り上がっているようだ。

 当の雫は相変わらずの笑顔で、嫌がっているようには見えなかった。


(まあ、本人が嫌がってないならいいのか)


 そう思い直した灯也は、漫画雑誌に視線を戻す。


「確かにすごいスタイルだな。特集ページのウインクも様になってるし」


「だろだろ? こんな女神と同じクラスとか、オレらの青春も捨てたもんじゃないよな~!」


「お前の青春は彼女がいる時点で捨てたもんじゃないだろ……」


「それはそれ、これはこれってな!」


 調子の良いことを言って、修一は一種の熱に浮かされたような盛り上がりを見せている。

 灯也からすれば、真似のできない熱量だ。


「もうわかったから、そろそろ席に戻れよ。HRが始まるぞ」


 言ったそばから予鈴が鳴り、クラスメイトたちは自分の席に戻っていく。


「それ、放課後まで貸してやるよ。オレはもうひと通り読んだしな」


「早いな。じゃあ遠慮なく」


「おう! 六しこの感想も聞かせてくれよな!」


「ああ、わかってる」


 そう答えつつ、灯也は借りた漫画雑誌を机の中にしまった。

 少なくとも、雫本人がいる前で堂々と読む気にはならなかったからだ。



   ◇



 二限目の授業にて。

 古文の教師が欠席とのことで、急遽自習になった。

 自由な校風の藤咲高校では、自習時間ともなればスマホをいじるのも黙認される。

 代わりの教師が教卓に居座っているので、さすがにどの生徒も室内を立ち歩くことはしないが、多少の談笑だって許されるくらいには緩い環境だ。


 そしてタイミングが良いと言うべきか、灯也の手元には暇つぶしの手段もある。

 修一から借りた漫画雑誌だ。


 ちらと窓際に座る雫の方を見遣ると、熱心な様子で何かに向き合っていた。やはり学年トップクラスの成績優良者は、自習時間もフルで活用するのだろうか。

 それに比べて自分は、これから漫画雑誌を読もうとしている。

 しかもグラビアに載る本人と同じ空間の中で、だ。

 灯也の中には形容しがたい罪悪感が生まれるとともに、好奇心が疼き始める。

 ここで我慢するのはさすがにしんどいので、灯也は机の中から漫画雑誌を取り出した――。



   ◇



 昼休み。

 漫画の感想会と称して、灯也は修一と学食で語り合った。

 ひと通りの感想を語り終えてから、まだ少し時間はあったが教室に戻ることにする。


「いや~、灯也もユニフォーム美少女の魅力をわかってくれたようで何よりだぜ」


「俺も前から言ってるだろ、美少女は目の保養になるって」


「その感想が枯れたオッサン臭いんだよな~」


「言ってろ。修一みたいに騒がしいよりかはマシだ」


 言い合いながら、二人はどこか満ち足りた気分で廊下を歩く。

 やはり少年誌のグラビアは素晴らしいものだということを再確認し、なおかつその気持ちを共有し合ったのだ。今の二人が高揚するのも無理はない。


 そのとき灯也は遠くの方、中庭の入口辺りで友人たちと別れる雫の姿を見つけた。


 結局、雫はあの二限の自習時間中に一度も集中力を切らすことなく、机に向き合っていたように思える。

 あの熱心で真剣な横顔がどうにも引っかかって、灯也は気になっていた。

 ゆえに、それを確認してみようと決める。


「悪い、ちょっと俺外すわ。先に戻っててくれ」


「ういー」


 修一に別れを告げてから、灯也は駆け足になった。

 どうしてだか雫は中庭の方へと出ていったので、その後を追う。


 中庭にはまだ何人かの生徒がいたが、雫の姿は見当たらない。

 この先にはグラウンドか、校門の方へと続く通路と駐輪場ぐらいしかないはずだ。

 あと他には、校舎と繋がっている非常階段があるくらいで――


「あ」


 そこで遠くに雫の姿を見つける。

 彼女は何やら真剣な様子でスマホに目を通しながら、非常階段をゆっくりと上がっていった。

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