第32話 妖精さんと契約書
「店を畳むなど許さん!!」
このことに一番反対したのは……殿下でした。
期待を裏切りませんね……
「なぜそのことを知っているのですか?」
「こいつらに聞いた」
そういって何かを摘んだ手を私の方に突き出す殿下。
もちろんつままれているのは妖精たちです。
殿下に首根っこを摘まれた妖精が呑気に「あざまるすいさん〜」と言っております。
なんで急に水産物が出てくるのかは、わけわかめですが、差し詰めフェアリーイーツのついでに殿下のところに行って「店閉めるって」とか「止めて」とかおねだりされたのかもしれません。
「まぁ、彼らに聞かなくても、この店の惨状を見れば推測できますけどね。」
ちなみに、今日はお付きの人もいます。
まぁ、そうですよね。
従業員の貸し出しをしてくれたのは、成果報酬の前払いといった感じです。
それが見込まれなくなったなら、何かしらのお話があるのは当然です。
つまり今回はお忍びではなくビジネスでいらっしゃったということです。
なるほど、だから最近は仕事押し付けられて留守番してたお付きの人が、今日は来てるわけですね。
私は軽くため息をつきました。
「このままだと、契約は破棄になりそうですね」
「名物に昇華する前に、ブームがさってしまいましたからね。」
「まぁ、ブームなんてそんなものです。」
私はそう吐き捨てると、いよいよ店じまいの覚悟を決めました。
今からどうすることもできませんしね、お付きの人に色々嫌味を言われるでしょうが……まぁ、こればかりはどうしようもありませんし、なんの条件を突きつけられても、アンナを返して、従いましょう。
しかし、そんな思いと裏腹に、アンナはおずおずと手を挙げると、待ったをかけました。
「あの……どうしても戻らないといけないでしょうか?なんとかこのお店の存続の方法とか」
わざわざ口を挟むほど、ここにいたいと思ってくれている様子。
ほんと謎です。
まぁありがたいと言えばありがたいのですが
「しかし、そんなこと言われてもお手上げなんで……」
「いや、それは早計ですよその方法がないこともない」
「え?」
お付きの人からまさかの言葉が飛び出しました。
殿下はともかく、こっちは見切りをつけたと思っていたのに。
「……戦力外通告ではないのですか?」
「いいえ、返り咲きを目指そうという話をしに来たのです。」
「返り咲くっていっても……悪評が広まったこんな状況でですか?」
「例のあの噂ですか……まぁ心象は良くないですがこの街の外に噂はまだ回っていません。今のうちにそれ以上の印象を与えればなんとかなります。」
「なんとかって……」
お菓子屋さんのオーナーは、実は元貴族令嬢で盗みやらかしたーなんて噂を塗り替えることができるとは思わないのですが。
お付きの人は、あまりにも自信満々です。
「あなたにはこの催し物に出てもらいます。」
そういって、カバンの中から一枚のチラシを取り出し、私に見せました。
「催し物って……首脳会談じゃないですか……!」
私も政治には詳しくはありませんが、首脳会談とは確か、各国の首脳が集まって今後の同盟関係の話とかするやつですよね?
トップオブザトップが、ガッツリ政治の話をする。
「一介の庶民の私は関係ないのでは……場違いです。」
「勘違いしないでください。君に出てもらうのは会議の方ではなく、その後の晩餐会の方です。」
「晩餐会?」
「各国の首脳が集まるんだ、夜はパーティーで客人をもてなすなんて当然のことだろう?」
「なるほど……」
お付きの人の言葉に殿下が解説してくださいました。
まぁとてもわかりやすいのですが、それでもやはり腑に落ちません。
「しかし、パーティーなんか、余計に私関係ないじゃないですか」
「仮にも皇宮の厨房でパティシエとして修行した経験のあるあなたなら、厨房に入る資格はあると思うのですがね。」
「しかし……」
「まぁ話は最後まで聞け。」
殿下にそう言われて、私は口をつぐみます。
まぁ、一応話を聞いてみましょう。
「今回の晩餐会は立食式で行う。各国の交流を目的としているため、各国の自慢の料理を振る舞うことになっている。」
「食べられるものであれば制限はありません。国土料理はもちろん、飲料はアルコールの有無を問わず、そしてスイーツ。」
「そして、この店のチョコ餅をそのパーティーで出そうと思っている。」
「そ……そのような場所で大々的に出すような代物では……!」
そのような場所で出されるスイーツなんて、豪華なものに決まっています。
確かにチョコもちは味の保証はできますし、お店で買う分にはいいかもしれませんが、チョコを混ぜた茶色いお餅を丸くして、ココアパウダーを上からかけたもの……。
絶対に見劣りします。
しかし……
「尚拒否権はない。」
殿下にこんなことを言われて仕舞えば、どうしようもありません。
でも、だからと言って引き下がってる場合でもありません。
「し……しかし、国土料理など、国の代表的な料理を出す場所なのですよね?ちょっと前までの人気であれば、百歩譲ってその場に出すのに引けを取らなかったかもしれませんが……」
しかもこのお菓子の材料の餅米に至っては、我が国の生産物ではありません。
なのに、堂々と我が国の名物として出していいものなのでしょうか……
「人気に関しては…殿下の好物として、当日までの間このお菓子を国中に宣伝します。」
「消せない噂は、さらに強力な噂で塗り替える!」
あぁ、だから妙に自信満々なのかこの人たち。
確かに、有名人の宣伝は絶大です。
有名な若手将棋の棋士が昼に何を食べたかという報道がされただけで、お店の人気が上がるほどです。
それが今回皇子の好物ということで宣伝されれば、瞬く間にその評判は回ることでしょう。
「そ……そんなので忘却されますかね……?」
確かに私の噂も耳に入るかもしれませんが、皇子の好物という方がパワーワードですし、最悪噂を誤魔化すようなことを言ってくだされば……可能性は0じゃないでしょうけど……
「幸い、この噂が広まったのはこの近隣の街だけだ。噂を握り潰すのはこちらでなんとかできる。」
「人気が獲得できれば、今流行りのスイーツとして晩餐会に出すのに問題ないでしょう?」
意思は硬いようです。
しかし……お菓子そのものにも問題があります。
「そ…それはそうですけど。でも、材料は国産のものでは……」
各国郷土料理を土産として持ってくるのです。
国自慢の素材を使った料理を。
なのにうちの名物を他国の材料というのは……私は嫌いじゃありませんがカルフォルニアロールとか、海外の人からはナポリタンとか、結構言われてますよ?
「むしろそれがいい。」
「今回はその餅米をくれた国も当然くる。」
「そこで『あなたの国の材料を作って名物料理を作った』と言えば、国同士の融和を主張できる。」
「そんなにうまくいきますかね……」
政策としてはあまりにも楽観的……お花畑のような気がします。
もっと真剣な議論を重ねることを希望します。
まぁ、それは置いておいて。
百歩譲ってチョコ餅の剣はいいとしましょう。
でも、私はパーティーに参加してもよろしいのでしょうか?
「私追放される際に『貴族に関わってはいけない』『パーティーに参加してはいけない』って約束が……」
「その件だが、さっき確認したら追放されるまでの間の話だと言っていたぞ」
「つまり、追放後であれば参加しても問題ないということです。」
あぁ、私の実家にいつの間にか連絡をとっていたのですか。
手回しの早いことで。
「それに、令嬢としてパーティーに出てもらうというより、裏方で混ざってもらう感じだな」
「まぁメイド服を当日着てもらって、チョコ餅を作って、会場に置いてくれればそれで大丈夫です」
確かに条件上はいいでしょうね。
でも、貴族社会から外れて久しいですし……私の顔を知ってる貴族がいるかもしれません。
それに何より……めんどくさい。
「でしたら、当日お店で作ってフェアリーイーツで王宮に……」
「来場者たちには出来立てを食べてもらいたいし、発案者が準備しなくてどうする。」
あぁ……この期待に満ちた殿下のキラキラとした目。
まるで純粋な子供のよう。
そして隣をご覧ください。
これ以上いちゃもんつけて拒否したって許さないという……
悪魔のような笑みを浮かべているお付きの人を。
アンナはうるうるした目でなんか訴えてますし、妖精たちに至っては……よく理解してないのに喜んでいます。
奥にいる数名はなんか胴上げしてますね、なんの意味の胴上げかわかりませんが。
……もしかして私……詰んでます?
拒否権はないと……まぁどうせ、このままじゃ倒産ですしね。
「……わかりましたよ……そこまでいうのでしたら……。」
そういうと、現場にいた全員が喜びの声と拍手をしました。
正直、半信半疑です。
そもそものこのお店の状況は私の過去に起因します。
濡れ衣とはいえ、覆せていない以上、事実と同義になります。
臭いものには蓋と言いますが……いくらこの街に広まった噂を封じても、その匂いが漏れて噂が広まらないとも限りません。
いくら皇子が好きな食べ物だからって、盗人の噂を覆えられるものでしょうか?
結論
……………覆りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。