第31話 妖精さんと閑古鳥
飲食を取り扱うお店には、大事なことが3つあります。
ひとつ、味。
ふたつ、衛生問題
みっつ、
信 用 問 題
このどれか一つでもかけたら、お客様の足は遠のきます。
そして、この3つ目をやらかした我が店が例外のはずはありませんでした。
「きませんな」
「お客様、だーれもいいひんなー」
妖精たちは、店内から外が見えるガラス窓に顔を引っ付けて、誰かお客様が来ないか、外をじーっと見つめながらそんなことを言いました。
わたしはそんな彼らを尻目に、叩きでパッパと店内を掃除しながら、彼らに声をかけます。
「あんな事が起きて、お客さんが減らない方がおかしいですよ。」
「でも、こんなの、オープンして初めてじゃなーい?」
お客様がれでもいない、ガラーンとした店内の会計棚の上で、妖精たちは足をバタバタとふらつかせながらそんな雑談をしていました。
「あんなに行列できてたのに」
「大ブームだったのに」
「ブームというのは一過性なのですよ、すぐに過ぎ去って、後にはこのようにふれていくだけなのですよ」
「にしては早すぎなーい?」
「チョコ餅売り始めて、一ヶ月も立ってない件について」
それはごもっとも、ブーム短すぎた気がします。
これからもっと売れる見込みはあったのですけどね……まぁ、過ぎ去ったブームは戻ってきません。
せっかく時間もあるので、私は妖精たちに一つ豆知識を教えることにしました。
「いいですか皆さん、このような状況のことを『かっこん鳥が鳴いている』というのですよ」
「へー」
「知らんかった」
「勉強になりまんなー」
妖精さんたちから、私の豆知識は大好評でした。
少しやりがいを感じます。
そんな中、そんな状況を正しく突っ込んでくれる人物がいました。
「オーナー!そんなこと言ってる場合じゃないですよ!なんとか対応考えないと!」
アンナです。
会計台で帳簿の見直しをしていたアンナは、この状況になってから一番この状況を憂いていて、必死になんとかしようとしていました。
「そう言われましても……このような状況では、できることもありませんし。」
「だからって……諦めるなんて」
「しかしですね……できることは本当になにもないのです。噂が捻りに捩れて、『お菓子屋のオーナーは、元貴族の使用人だったけど、宝石盗んで追い出され、今は店の客の荷物をくすねている』なーんて噂が流れたら、どうしようもないですよ。」
「なんですかそれ!あんまりです!事実無根じゃ無いですか!」
「噂なんてそんなものですよ、伝言ゲームが、どこかで失敗したんでしょうね。」
いい加減な噂が生まれるわけです。
「なんでそんなに落ち着いてるんですか!?オーナー、これは立派な名誉毀損です!訴えるべき案件です!」
アンナは会計台の机をバンッと叩くと、顔を真っ赤にしながらそう叫びました。
普段の彼女からは伺えないほどの形相を浮かべています。
「オーナー、どうして否定されなかったんですか!?オーナーは盗人なんかじゃなかったはずです!あの場でそう言い返して、身の潔白を表明すれば、噂も今よりは」
「無駄ですよ」
私はそうキッパリとアンナに言いました。
それを理解できないと言った様子で、まじまじと見つめるアンナに、遠い昔のことを思い出しながら説明をしました。
「あの事件は、ひっそりと行われた子爵邸のお茶会で起きた事件です。証拠はありません。目撃者もいないので証言者もいない、無実の立証は不可能です。」
正直に伝えれば、わかってもらえる……あの事件の日、私はそう思い大声で文字通り『自分は潔白だ』と叫び続けました。
でも求められるのは『自分が盗んでいない証拠』。
その上で、それがきちんと証明できなければ……事実を叫んだところで事実として受け入れてもらえません。
「デビューも済ませていない未成年が起こした事件、表面化されず、裁判なんか当然開かれておりません。令嬢一人が追放されて、全ての話は終わりました。」
あのお茶会でそうだったんです。
なのに、今回はそうじゃないなんて、思えるはずがないじゃないですか。
「噂なんて、否定したって、事実より面白いことの方がみんな好きなんです。そんな世の中に、目くじら立てて生きるより、受け入れた方が楽じゃ無いですか。」
私の答えを聞いたアンナは、一瞬唇を噛み締めて、悔しそうな顔を今度はすごく悲しそうな表情を浮かべ、しばらく私を見つめると、俯いて言葉を紡ぎます。
「そんな……でも……悲しいじゃ無いですか、だれも信じてくれないなんて。」
その声は、弱々しく、震えていました。
よく見ると、机の上に乗せた握り拳も震えています。
全く……危機に直面しているのは、アンナじゃなくて私だというのに。
なぜ彼女がほぼ他人の私に対して、そこまで怒っているのかは謎ですが……もしかしたら彼女は理不尽が嫌いなのかもしれません。
それはとても立派なことですが、理不尽に慣れ、当たり前になってしまった私は、その感情に同調できませんでしたが、彼女を慰めるために近づくと、背中をポンポンと叩きながら諭すようにこう言いました。
「深刻にならないでください、まだ収入は完全に途絶えていないんです。フェアリーイーツの利用客は逆に増えてますし。」
オーナーはともかく、妖精には会いたいという人が存在するということでしょう。
あくまで、盗人は私ですから、私に直接会わなければ盗まれるということはないだろう、そういう判断のようです。
まぁ、それもいつまで持つか。
妖精使って盗みを働いてるなんて言われたら、もうフェアリーイーツすら使ってもらえなくなるでしょう。
「せっかく殿下が助けてくださったのに……」
アンナはシュンと落ち込んでそう言いました。
まぁ、確かにありがたいことではあったのですけどね。
私の過去の罪が払拭されるには、不十分だった、それだけのことです。
「大勢のお客さんの前で罪を否定できなければ、もう仕方がないことなのですよ。」
「「「「「……」」」」」
いつもお気楽な妖精さんたちまで、私を見ながら沈黙してしまいました。
少し空気を重くしてしまったようです。
「やだなぁ皆さん。そんな顔しないでください。」
そう言ってとりなしますが、空気は変わりません。
アンナはもちろん、妖精たちも気を遣って目配せまでしています。
しばらくの沈黙ののち、アンナはおずおずとこんなことを聞いてきました。
「でも、じゃあオーナー、これからどうするんですか?」
「そうですね……」
私は腕を組み、指で頬をトントンと叩きながら、首を傾けて考えました。
「このままでは赤字ですね……。今月だけならなんとかなりますが、来月までこの状況が続けば……もう経営は苦しいですね」
「「「「「「え!?」」」」」」
「なんと!?」
「なんでなんで!?」
「また冗談を!?」
「いいえ、今回はマジです。」
前回は余裕がありましたし、冗談半分だったんですが……
今回はマジです。
これが1ヶ月続いたら、本当にお店畳まなければいけません。
アンナを雇っている以上、もう確定事項です。
「……みなさん、私のせいでごめんなさい。お店は閉めることになるかもしれませんが、どうかどこへ行ってもお元気で……」
「はやまっちゃあかん!」
「閉めなくてもいいじゃないの!!」
「もっと長い目で見て決めよーぜ!」
「ですが、今回の噂の件……1ヶ月で風化させるのは難しいです。チョコ餅を国の名物にする……という契約があったからアンナを雇うことができたんです。このような状況では、あの殿下のお付きの人が黙ってないと思いますよ?」
「例えば?」
「チョコ餅を国内の名物にできれば……という契約でお給金も向こうに払ってもらっていたので、契約遂行されないなら、アンナとの雇用契約は打ち切り、これまでの賃金も、一気に支払わないといけなくなりますね。」
「なんたる悪!」
「悪徳商法!」
残念。
悪は私の方なのです。
詐欺ではありません、大人の話し合いで決めた取引です。
まぁ、若干私が深く考えずに上手い話に飛び乗ったところはありますが…
どのみち契約している以上、正当性は向こうにあることに間違いないですね。
契約するときは、必ずデメリットを考えなければいけませんね。
確実に約束できることでなければ、どんなに美味しい話でも乗ってはいけないのです。
まぁ、確実なんて話はないですよね。
終身雇用制度採用の大企業に入社してローン組んだのに、会社が倒産して払えなくなった……なんて話を聞いても驚かない昨今。
じゃあ貯金して一括って?それができないからみんなローンを組むんです。
その返済のあて、つまりチョコ餅の人気がなくなったのであれば、アンナを元の場所に戻すのがオーナーの勤めです。
「アンナ、まもなく彼らも迎えに来るでしょうし、彼らの元に戻って、好きに過ごしてください。あなたも皇族からの紹介でここにきたわけで……」
「そんな嫌です!せっかくこのお店で……オーナーの元で働けたのに、お別れなんて嫌です!!」
そんなに泣かれるほど一緒にいた時間は長くないのですけどね……
アンナが従業員としてやってきて、せいぜい半月。
ほとんどお会計を任せていましたし、大勢のお客さん対応に追われて、コミュニケーションを取る時間はあまりありませんでした。
それなのに、アンナはなぜ、こんなに慕ってくれるのでしょうか……謎です。
「それに……そう簡単にお店畳めないと思います。」
「それはどういう……?」
「それを……許さない人がいると思うんです」
この繁盛しなくなった店を畳んで困らない人……はて……それは一体……
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