第19話 妖精と皇子様が求めたお菓子


「皇子様なら皇子様って教えていただきたいものですね」



あれから餅米が届き……それから一週間後。


営業終了後、店内に再びお貴族様……もとい殿下はお付きの人と一緒に足を運んでくださいました。



「あれ……バレたのか。」



「王宮にいる若い男性なんて……一人しかいないじゃないですか。」



「殿下なら殿下と言ってください、それによって対応が変わるのですから。」



「ふむ、オーナーともあるものが、客を見て対応を変えるのはどうかと思うが?」



「でも殿下でしたら、挨拶の一つもしたいと思うのが、下々の気持ちです」



私がそう言って、改めてお辞儀をして挨拶をしようとしたところ、

お付きの人に止められてしまいました。



「お気になさらないでください、どうしてもお忍びで来たいという、皇子様のわがままなので」



でしたら今度からはもっと安い生地の服を着て来てください。

そんな高級そうな服を身に纏ってこられたら、皇子かどうかまではともかく、王侯貴族であることは、目のきく庶民なら丸わかりです。



「あと、挨拶も結構です。ここに来る前に貴方の素性は調査済みですから。元令嬢の『ノエル・シュガレット』だということは」



「今は『ノノ・シュガー』です」



「これは失敬。」



もう、これじゃあなんのために名前を変えたのか分かりませんね。


それにしても、この殿下のお隣にいるお付きの人は結局誰なのでしょう。

お隣にいるのは執事か……宰相の息子と言ったところでしょうか。

まぁ、違っていても宰相ということにしておきましょう。

どうせ、これさえ渡してしまえば、今後関わることはないのですから。



「まあ、あなた方の素性も私の素性も、私にとってはもうどうでもよろしいことではありますが、素直におっしゃっていただければ、一回でご所望のお品物お出しできましたのに。」



私のその言葉に、殿下はパッと顔を明るくしました。



「わかったのか!?」



今後この国を背負うであろうお方が、お菓子如きでこんな顔するのはいかがなものかと思いますが、それだけ待望だったということでしょうか。



「えぇ、お相手が殿下で王宮のパティシエがわからなかった、というお話でピンときました。」



私はレジカウンターに置いてあるベルを手に取ると、それを振って、チリンチリンという音を鳴らしました。


その音に反応した妖精が



「「「「おまちどーさまー!」」」



という声をあげながら、ポーンと厨房を飛び出すと、カイルを先頭に数人がかりで商品の入った2つの紙袋のうち1つを殿下の前にまで持って行きました。


願わくはこの商品が今度こそ殿下のご所望のものでありますように。


私は心の中でそう祈りながら、妖精たちから紙袋を受け取る殿下を見つめました。


ガサリ


紙袋が開く音が聞こえます。


紙袋の中ある紙コップ、その中に品物は入っています。

ココアパウダーのかかったコインサイズの球体が複数入っています。


私が出した答え、それはズバリ……チョコ餅でした。


もっと純和菓子を期待されてたみなさんごめんなさい。

餅とはいえ、昔ながらの和菓子ではなく、平成の世で生まれた和洋菓子。

ここまでのヒントとさっきの説明で、これを想像できた人は少ないですよね。


だから私もここの答えに辿り着かなかったわけですが。


かといって、これで合ってる自信はありません。



のものよりサイズは小さめですが、お間違いなかですか?」



恐る恐る、殿下の顔色を伺いましたが……



「そうだ!これで間違いない!」



取り越し苦労だったようです。

殿下は目をキラキラと輝かせてそう言いました。

レシピ自体は同じなのですが、は手のひらサイズのものを作り、今回は団子サイズのものだったので、見た目で判別つくか不安だったのですが、付属した爪楊枝でつっついた感触だけで確信を持ったようです。



「食べてもいいのか?」



普通は持ち帰りで家で食べるものなのですが、今は閉店後、他にお客様はいません。

店内のものは全て売り切れ状態、お客様はすでに品物を購入されていて殿下です。

宰相(と思わしき人)はすでに諦めているようで、止めるつもりはないようです。


断る理由がありません。



「ご注文の品ですから、どうぞ」



私がそう言って、商品を手のひらで指して食べるよう殿下に促しました。

すると殿下はパクパクと食べ始めました。



「おお!うまい!そうだそうだ、この味だ!」



「そ……そんなにお気にめしていただけましたか?」



「あぁ、この弾力と他にはない粘り気に、チョコの甘さが絡まっていて旨さがます。そして伸びるのがチーズみたいで何より楽しい」



そう言って餅を頬張る殿下は……失礼承知で言うとリスのようで、思わずふふッと笑顔をこぼしてしまいました。



「喜んでいただけたなら何よりです、作った甲斐がありました。」



それにしても……なるほど、『もちもち』という擬音の存在しない世界で餅を食べると表現がこうなるのですね。


勉強になります。


しかし、こんなに喜んでもらえるとは……正直意外です。


自分の作ったものをこんなに喜んで食べてくれるというのはいつどんな時でも幸せなものです。


しかも、その味をもう一度楽しみたくて、わざわざお店まで来てくれるなんてパティシエみよりにつきます。



「餅米を持ってくるように妖精に頼まれた時は驚いたが……あれでこんなにうまいものができるのだな」



殿下が一人感心していると、彼の肩の上に品物を持って来た妖精数人全員が乗り込んで話しかけました。



「僕らもびっくり」



「伸びるの面白い」



「中もとろーり」



「こんな食感初めて〜」




それを聞いた殿下は『話がわかるじゃないか〜』と言いながら妖精の頭をグリグリ撫でます。

そして『キャー』と言って喜んでいる妖精たちを尻目に、私は宰相(と思われる)の彼にも同じ品物を渡します。



「貴方様もお召し上がりますか?」



お名前も爵位も存じませんので、このような呼びかけをしました。

怒られるかとも思いましたが、特に気にしてもいない様子で私のてから紙袋を受け取りました。



「いただきましょう。」



そしてガサゴソと音を鳴らしながら、中身を取り出すと、パクりと一口、口の中に放り込みました。

口に含むまでは、無表情だった彼ですが……



「確かに、これは美味しいですね。初めての食感です。」



食べた瞬間表情が変わりました。



「殿下が国中を探し回ってでももう一度食べたいとごねる理由がわかりました。」



「だろう!」



「このお菓子はなんという名前で?」



「チョコ餅です。蒸した餅米を叩いて練って作ったお餅という食べ物にチョコを混ぜて、さらにそれでチョコを包みました。」



「このようなお菓子が世の中には存在していたのですね……よくあの説明で、探しているのがこれだと分かりましたね。」



「正直、うちの国にはないお菓子なので、候補から外しておりましたが……このお菓子、一度だけ王宮で作って殿下にお出ししたことがありましたので。殿下が名前も知らない弾力のあるお菓子はこれしかないかと。」



そもそもこのお菓子、私が食べるために作ったんですよね。


東の国より外交にやってきた大使より、米俵五俵ほど手土産をもらったのですが……その中のうちの一つだけ餅米だったのです。

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