3.窒息
私は恋愛というものが好きではない。明確に嫌いだと言ってもいいくらい。いや、私だって、生まれつき恋愛ぎらいだった訳ではないのだ。少なくとも小学校低学年くらいまでは、人並みに恋愛というものに興味を持っていたと思う。特別好きだった男の子がいたわけではないけれど、いつかは私も恋をするのだろうなと漠然と思っていた。実際、休み時間には友達との恋バナに興ずることもままあった。だから、明確なきっかけというものがやはり存在するのだ。
小学校も高学年になって、私はある男子に悪戯を受けるようになった。クラスが同じになるまでは、一度も話したことのないような相手だった。最初のうちは、遠くから名前を大声で呼ばれたり、会うたびに何かしら絡んだりしてくる程度だった。しかし時間が経つにつれ、変なあだなで呼ばれたり、持ち物を隠されたり、追いかけ回されたりするようになった。そんなことがほぼ毎日、二三ヶ月続いた。その頃は、登校中にふと彼のことが頭に浮かぶと、踵を返して帰りたくなった。どんなに楽しい行事があっても、彼にちょっかいをかけられることを想像すると気が重くなった。実際それが嫌で、学校をずる休みしたことも何回かあった。有り体に言うと、私は彼のことが嫌いだった。そして事件は起こる。
図画工作の時間。絵の具を使い終わってその片付けをしているとき、彼が絵筆を持って私のもとにやってきた。そしてその穂先を私の顔へと向けてきたのだ。そんな汚いもの、もちろん嫌だった。私は叫びながら教室を逃げ回った。彼は笑いながらついてくる。最悪だった。どうしてこんなことされなければいけないのだろうか。悔しくてたまらなかった。そして私は水洗い場の側で、濡れた床に足をとられて転んだ。その際に頭を机の角にぶつけた。痛さと悔しさでたまらなくなって、私は泣いた。事態に気づいた先生が私を保健室へと連れて行き、私は処置を受けた。幸い出血はなかったが、たんこぶがしばらく残った。
しばらくして、彼が謝りにやってきた。私は彼の顔なんて見たくもなかったから、ずっとそっぽを向いていた。すると同伴していた担任が、とんでもないことを言いだした。
「ユイちゃん、怒る気持ちは分かるけど許してあげて。悪気があってやったわけじゃないのよ。ユイちゃんのこと好きだから、つい度が過ぎてからかっちゃったんだって」
私は驚いて彼の方を見た。彼とは一瞬目が合って、そして目を逸らされた。彼の顔は真っ赤になって、いかにも恥ずかしそうだった。
いや、なんでだよ。私はそう思った。好きならなんでいじわるするんだよ。それでなんで、好きならいじわるしても許されるんだよ。訳が分からなかった。だって逆でしょ。好きだから優しく、大事にするんでしょ。好きなぬいぐるみは大切に扱うし、好きな友達には優しく接する。普通そうでしょ。なんで恋愛の「好き」になった途端、そんな当たり前が逆転するんだ。なんで恋愛の「好き」なら、相手を傷つけてもいいんだ。恋愛ってもっと、相手を尊重して大切にしあう、きれいなものじゃなかったのかよ。
それ以降のことは憶えていない。あまりにもショックだったから。そしてそれ以降、私は恋愛関連のものごと全てを避けて生きるようになった。そうやって避けていった道の途中で、私はア・プリオリに出会った。
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