第9夜 猪突猛進
◇◇◇◇◇
「離せぇええぇぇ! 俺は巴を捜しに行く! はぁーなぁーせぇええぇ!!」
早朝から、御許町の旅籠『神田屋』の二階の一室は大騒ぎになっていた。夜が明け
実を言えば昨日の夜更けから捜しに行くと言って聞かなかったのだが、朱里と進之助が力づくで押さえこみ、創二郎の説得でなんとか朝まで留まらせた次第である。
「落ち着きなさい!」
「無理だ! 巴が帰ってこないんだぞ!? なにかあったに決まってる!」
「笠置さん! 山科さんなら大丈夫ですよ! おおかた笠置さんの相手が面倒で向こうに泊まったんですよ!」
「進坊!? それはどういう意味だ!?」
「そのままの意味でしょうよ」
「暴れるな、うるさい」
朱里と進之助によって畳の上に押さえこまれながらも、恭介はじたばたと手足をばたつかせる。ほかに宿泊客がいないからいいものの、苦情がきてもおかしくないほどの暴れっぷりである。
「いいや! 俺は行く! 俺は巴を捜しに行くー!!」
「……はぁ~、いったいなんの騒ぎですか?」
唐突に襖の向こうに現れた巴、もとい佑介に、四人の注目が集まる。
何事かと聞いているのに誰も答えてくれないが、階下での同情するような女将の視線がすべてを物語っていた。階段を上りながらも聞こえていたわめき声に、襖を開けるのを躊躇したのは正解だったかもしれない。というか開けなければよかった。よく知った三人の男たちが、もれなく着物をはだけさせて、絡みあうようにして畳の上で揉みあっている。
「女将さんから苦情がきてますよ。ここを追い出されたら笠置さんのせいですからね」
「……と、もえ?」
動きを止めた三人が、もつれあった体勢のまま呆然と佑介の姿を眺めていた。
するとおもむろに、襖の前を陣取っていた創二郎が正座のまま爪先だけで移動する。正面から体をずらすように横によけ、背にしていた襖を右側にやった。
「っは! 巴ぇえぇ!」
朱里と進之助の拘束がゆるんだ瞬間、恭介が弾かれたように体を起こした。前のめりになったまま両手を広げて、勢いよく佑介に向かってくる。
なんとなく身の危険を感じた佑介は、反射的に部屋の隅に身をかわした。案の定、頭から盛大に前室の畳につっこんだらしい物音と恭介のうめき声がこだまする。
「なぜよける!?」
「いや、反射的に……。ってか、巴って呼ぶな」
あいにくと今は男装中である。潜伏用の長屋でわざわざ着替えてきたのだから、いろいろと察してほしい。
再度こちらに向かって飛びこんできそうなそぶりを見せる恭介に、佑介は問答無用で襖を閉めてやった。閉め出された恭介がなにかわめいているが無視である。
「おかえりなさい、山科さん」
「おかえり」
「ご心配おかけしました。ただいま戻りました」
みなの安堵したような表情に、佑介は深々と頭を下げる。やはり多大な心配をかけてしまったらしい。なんの連絡もなしにひと晩行方不明になっていたのだから、当然と言えば当然である。
「佑介くん、理由をうかがっても?」
「あ、はい。実は」
創二郎の言葉に、佑介は畳の上で居住まいを正した。泣き真似をしながら部屋に戻ってきた恭介を放置して創二郎に向き合い、昨夜のできごとの経緯を報告する。
葵家からの帰り道に浪人に絡まれたこと。その場を輝真組に助けられたこと。そして詰所で一泊して世話になったこと。
話をさえぎる者は誰もいなかった。みな静かに彼女の報告に耳を傾けている。
「佑介くん」
「はい」
報告を終えると同時に、創二郎が声を発した。彼女の話を聞いていて、なにか考えでも浮かんだのだろうか。頭の切れる彼は、この笠置一派の中で参謀的な役割を担っている。
まさかとは思うが、ここから説教が始まるわけではあるまい。その可能性も完全には否定しきれないのだが、できればそうでないことを願いたい。何度も言うが、彼の説教は長いのである。
「輝真組と、交流を深めてきてください」
「「「……は?」」」
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