第6夜 無用の親切

「はぁ~……」


 湯船に身を沈めた巴は、これでもかとため息を吐き出した。

 結局、なかば強引に唐樋町からひまちにある輝真組の詰所にまで案内されてしまった。

 そのうえ、こうして風呂までいただいてしまっている。夜警に出ていた者たちのためにと沸かされていた湯であるのに、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいである。


(隊士は大風呂を使うから気にするなって言われても……)


 たしかに案内された浴室は二、三人ほどが入るのがやっとなほどの広さだが、それでも湯が張られていたのだから誰か入る予定だったのだろう。


(あの優男が意外にも頑固だったんだから、仕方ないじゃない……)


 断りきれなかった言い訳を自分に言い聞かせ、巴は湯の中で膝をかかえる。

 体を丸くして鼻先まで湯に顔をつけると、ゆっくりと息を吐き出した。

 ぶくぶく……と気泡が浮き上がっては、弾けて水面に波紋を広げていく。


(やっばいなぁ、帰ったらぜったい八木さんに怒られる……)


 関わりたくないと思っていた矢先にこれである。今日はなんだかついていない。

 聖に声をかけられ、浪人に絡まれた挙げ句、輝真組に保護までされてしまったのだ。なりゆきとはいえ、散々な一日である。


 きっと神田屋では、帰りの遅い彼女を心配して恭介が暴れていることだろう。事情が事情なだけに、帰宅早々に大目玉を食らうに違いない。

 恭介に騒がれるのも厄介だが、それ以上に創二郎の説教のほうが何倍も恐ろしい。恭介いわく、足の感覚がなくなって頭がおかしくなりそうなくらい長いのだ。

 いったいいつ息継ぎをしているのかと思うほどに延々とまくし立てられるのは、正直たまったものではない。

 できればそれだけは回避したいところであるが、どうあがいても無理な話だろう。


「はぁ~……」


 水中からあごを出して再度深々とため息をつけば、視界を覆っていた湯気が晴れていく。


(さっさとお礼言って、早く帰ろう)


 そうと決まれば善は急げ。おかげさまで体もあたたまったことであるし、こんなところに長居は無用である。仮にも敵の陣地内であるし、どうにもそわそわして落ち着かない。


 そそくさと湯船から出ると、巴は脱衣所へ通じる木戸をひらいた。

 さあっと冷たい空気が吹き込んで、浴室に立ちこめていた湯気が脱衣所に流れ込む。

 夜特有の空気の冷たさに一瞬身震いしながらも、巴は手早く体の水気を拭き取った。

 棚に置かれた藤蔓で編まれた籠には、真新しい着物がていねいにたたまれて入れられている。

 本紫色の矢絣やがすり模様の小袖は、返り血で汚れてしまった着物の代わりにと聖が用意してくれたものである。

 派手に返り血を浴びてしまった薄紅梅色の小袖は、さすがに処分せざるを得ないだろう。


(結構気に入ってたんだけどな)


 慣れた手つきで着物の袖を通し、汚れた小袖と帯を包んだ風呂敷を持つと、巴は脱衣所の戸を開けた。


「巴ちゃん」

「あ……綾部さん?」


 暗がりの中、廊下の角の壁にもたれかかった聖が小さく手を振っていた。

 隊服から着流しに着替えたらしい彼は、巴の姿を見るなり目を細めて口角を上げる。


「ここの連中、みんな熱いほうが好きだからさ。ゆっくりできた?」

「あ、はい。ちょうどよかったです」

「そ、よかった。こっちの湯船は隊長格しか使わないけど、一応ね。なんたって男ばっかりだし」


 どうやら聖は、巴の入浴中にほかの者が立ち入らないように見張ってくれていたらしい。

 もしくはそれを建前として、彼女の行動を監視していたか。


(さすがにそれは考えすぎか)


 彼は巴の正体を知らないのだから。


 巴は何度目かの礼を言うべく、静かに戸を閉めるとそろりそろりと聖に近寄った。


「ごめんね、うちには女物の着替えがこれしかなくて」

「いえ、助かりました。けど、本当によかったんですか? 女中さんたちの予備の着物なのに……」

「気にしないでいいよ。備品の着物だし、予備ならまだ何枚もあるから」


 そう言って聖は笑みを浮かべたまま、階段下の納屋を指さした。

 さすがに血濡れの着物を着て帰るわけにもいかないのでありがたい話である。


「なにからなにまで、ありがとうございます」

「ふふっ、そんなにかしこまらなくていいのに」

「あの、綾部さん」

「あれ? こんなところに女の子がいる……?」


 ふと聞こえた第三者の声に、おもわず肩が揺れた。

 声色は徹也のものではない。そもそも彼は、巴がここにいることを知っている人物である。


 誰だろうかと思い、巴は声のしたほうへと視線をやった。



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