第5夜 不運な邂逅
不意に現れた他者の気配に、三人はいっせいに声のしたほうに目を遣る。そこにはやはり、巴にとって記憶に新しい、見覚えのある人影がたたずんでいた。
――輝真組の綾部と、あれは、まさか……!
笑みを浮かべたままの聖に対して、彼の隣を歩く男の表情は険しい。束ねた長髪は
――輝真組副長、
鋭い眼光を向ける彼の顔に、巴は人知れず息をひそめた。
「なんだぁ!? てめぇら!」
「お前らこそ何者だ。娘ひとりに、男が寄ってたかってなにしてやがる」
「ぁあん? オレたちゃ見てのとおり取りこみ中だぁ!」
「わかったらさっさと行きな!」
男たちが口々にそう吠える。野良犬を追い払うがごとく、男の一人が一歩前に踏み出して空中を手で払った。
だがその言動が単に強がっているだけなのは見え見えで、威勢のわりには二人とも腰が引けてしまっている。なんとも、情けないことこの上ない。やはり忠軍の幹部だというのは、ただのはったりだったようだ。
「っ、助けてください!」
忠軍に身を置く者としては、輝真組に厄介になるのは非常に気が進まない。気は進まないが、背に腹は代えられなかった。ここで自分が大立ち回りを演じれば、逆に彼らの不信感を買うことになるだろう。ここは素直に彼らに助けてもらうほうが得策である。
「この人たち、忠軍の幹部だって言って、さっきから無理やりっ……!」
「女! 黙ってろ!」
「っ!」
前にいた男が振り向くと同時に頬を打たれる。乾いた音が周囲に反響した。余計なことを喋るなと脅す男に余裕がないのはあきらかで。
「ぐぁっ……!?」
「よっちゃん!?」
次の瞬間、巴に手を上げた男―よっちゃんとやらが背をのけぞらせてうめき声を上げた。彼の体は糸が切れた操り人形のように、その場に力なく崩れ落ちる。
どこからか、錆びた鉄のにおいが鼻をかすめた。
「忠軍の幹部様が、俺たち輝真組を知らないとは驚きだな」
「輝真組だぁ?」
「ふふっ、本当に知らないんですね。かわいそうな人たち」
抜き身の刀を構えた聖の後方で、徹也はあきれたようにため息をついた。
市中では有名すぎるほどの彼らの存在を知らないとは、つくづく不運な男たちである。この浪人たちは本当に地方から出てきたばかりなのだろう。今日やっと市中に到着したばかりかもしれない。否、もしかしたら忠軍にすら属していない可能性すらある。
「さ、下がれ! こっちには人質がいるんだぞ!?」
相棒が斬られたことで、男に焦りが生じたらしい。腰に差した刀を抜き切っ先を輝真組の二人に向けると同時に、彼は慌てて巴の首に腕をまわした。弾みで頼りない蝋燭の火が消える。
「うわぁ、女の子を盾にするとか、卑怯にもほどがあるでしょー」
「聖、真面目にやれ」
「えー、僕いっつも真面目に殺ってるじゃないですかー」
男の行動に口をとがらせながら文句を言う聖を、徹也が諌める。
しかし彼は悪びれる様子もなく、不敵な笑みを浮かべたままだ。その表情は今の状況を楽しんでいるかのようで、感情が読み取れない。
男の恐怖心はさらに煽られる。じり、じり、と後ずさりしようとする男に抵抗するように、巴は腹に力を入れた。
「巴ちゃん、そのまま動かないでね。ちょっとだけ、目ぇつむっててくれる?」
聖の言葉に、巴は素直に従う。視界を遮断し、目の前を闇が覆いつくす。
「ひっ……! ぅぐぁっ!?」
くぐもった男のうめき声とともに、頬になにかが飛び散ったのを感じた。馴染みのあるにおいが強くなり、首にまわされた拘束がすべるようにしてゆっくりと解かれる。
どさり、となにかが地に沈む気配に、巴は静かにまぶたを上げた。
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