17.旅立ちの朝
リーセ、ノノ、ラメールの三人は街の城門を抜け、その先にあるオベリスクの前に立っていた。リーセはそれを見上げる。
石の台座の上にクリスタル製の六角柱が
朝日を受けて虹色に輝くその姿を、リーセは目を細めて眺める。
ここへ来たときは夜中だったのでわからなかったが、改めてその巨大なシルエットに息を飲む。
「ラメールさん、本当にいいの?」
「お願いをしておいて、いまさらだ。俺も詳しく知らなかったが、ルセロ教会はとんでもないところにある。そんなところにガキ二人で行くのは無理だ」
勇者との決闘の次の朝、ラメールはリーセたちをルセロ教会に送り届けると言った。そこから出立の準備にとりかかったのだ。
「このお礼は必ずします。あんな部屋で暮らさなくてもいいようにします」
「はっ、お前に俺の生活の面倒を見てもらう気はないけどな! それよりも、ラメールでいい。俺もお前の事を様付で呼んだりしないからな」
彼女たちの近くで、数名の男たちが突如姿を現した。転送石を使って移動してきたのだろう。彼らの背中にある
男たちは頷き合うと、のしのしと彼女たちが抜けてきた城門のほうへと歩いて行く。
フールハーベントの街は堅固な石垣の城壁に包まれた街である。その中央にある城門が開いており通行のために多くの人でにぎわっていた。さきほどの
動物の群れは狭い場所から解き放たれたようにいそいそと草原へ向かって駆け出していく。何匹かが立ち止まり街へ戻ろうとするが、犬が吠え立てて群れへと戻していた。
その騒々しさは元の世界の朝とは似つかぬ光景だった。
リーセは不思議な気持ちになって城壁の中で過ごした数日を思い浮かべる。
邪教の教主から、闘技場で戦う闘士となり、そしてあの城壁の向こう側で物乞いをしていたのは2日前のことだ。
今は旅装に身を包んだ立派な冒険者である。茶色いフードのついたローブは、隙あらば彼女の視界を塞ごうとずり落ちてくる。それを手で引き上げる。
売り払った白い法衣とは違い、ごわごわとしていた。何故か売れ残った白の帽子を頭にかぶり、ツインテールから伸びたピンク色の髪を前側に垂らす。
ローブの中は膝上丈の麻製のスカートと、白いシャツ、その上には革製のベストだ。どれも着心地が悪い。腰のベルトの下、お尻にのっかる様に短剣、そして革袋の水筒の感触が常に何かを当てられているようで着心地の悪さに拍車をかけていた。
「女ども、行くぞ」
ラメールが顎で街の反対側を示すて歩き始めた。
リーセとノノが頷き合い、それに続く。
「んしょ」
リーセは肩に食い込むベルトの位置を直すように
その様子を心配そうに眺めるノノに微笑みかけ、ラメールの背中を追った。
荷物に関してはラメールもノノも同じだった。特にラメールは、リーセとノノが持ち切れなかった荷物も背負ったので、大きなものとなっていた。さらには戦うための剣を腰に着け、盾を背嚢にはりつけている。
「リーセ様、大丈夫ですか?」
ノノが眉と体を寄せて尋ねてきた。
歩き始めて間もなく石畳だった道は土の道へと変わる。馬車が踏みしめたであろう二本の轍のあとが広大に広がる農地を突き進み、その先に見える森林の中へと続いていた。
遥か遠い先には赤茶けた山が霞んでみえる。
彼女もまた、フード付きのローブに大きな背嚢を装備している。しかし、ローブの内側はメイド服であった。その服も路銀のために売り払おうとしたのだが、彼女はリーセに仕えるためには絶対に必要なものだと言い張った。
「大丈夫……」
リーセは答えるが、早くも背中に背負ったものを投げ捨てたくなっていた。この重量物を捨てて身軽になり駆けだすことができたなら、あの赤茶けた山の麓まで一瞬でいけるのではないだろうか。
そのような事を考えながら、ノノに視線を移す。体重移動がスムーズで、思った以上にしっかりとした足取りで歩いていた。
「ノノは大丈夫そうね」
「はい、私はいつも教会のお掃除や洗濯で、荷物を持って歩くのは慣れていますから」
ノノは胸を張るが、普段の仕事でこれだけの重量を背負う事はないはずだ。もしかして、ズルをして彼女の荷物は軽いのではないだろうか。
そう考えて、ノノの背嚢の底に手を当てて持ち上げようとする。それはリーセのものよりもずっしりとした重量感だった。
しばらくも進まないうちにリーセの額に汗粒がたまり、頬を伝い流れ落ちた。
呼吸も荒くなっていく。頭が上がらなくなり、地面を睨みつけながら歩く。
そして、目の前に迫ったルメールの背嚢に縛り付けられた盾に頭を打ち付けた。
「あだっ!」
低く鈍い音が響き、目の前で星がチカチカとした。
よろけて倒れそうになったが背嚢を背負ったまま倒れると起き上がれなくなるので、錫杖にしがみついて踏みとどまる。
「大丈夫か?」
ラメールが振り返る。
「う、うん」
リーセは腰にぶら下げている革袋の水筒を取り外して口に運ぶ。水は革の風味がしみ込んだ苦い味がした。
「後ろを向いてみろ」
ラメールに言われて何気なく後ろを振り返ると、フールハーベントの街の城壁が大きく見えた。さきほどまで立っていたクリスタルのオベリスクが、すぐ近くに見える。
「なっ! 街が追いかけてきた」
「違うっ、全然進んでいないんだ!」
リーセはがっくりと肩を落とした。
「そんな気はしたけど、こんなこと知りたくなかった!」
叫び声を上げるリーセの顔を、ルメールが眉を寄せて覗き込む。
「な、なに?」
リーセが驚き、一歩後ずさろうとしたが、背嚢の重量を支えきれず、数歩後退する。
「まだ、間に合うぞ? 意地を張る必要はないんだ。命に関わることだ。別に街に引き返すと言っても、俺は怒ったりもしない。別の方法はないのか? 本当に街に助けはいないのか?」
ラメールから顔を逸らし、ノノに視線を送った。
「リーセ様がどのような選択をされてもノノはお付き合い致します」
リーセは頭にできたこぶをゆっくりとなでた。
「ラメール。意地を張る必要はないというけれど、教会には数十人の信者が待っている。彼らのもとへ帰らないと」
「それなんだが、お前がいなくてもなんとかなるんじゃないか? 今までだってお前は何もしてこなかったんだろ。どうせお飾りだろ?」
「ぐっ。それは……。だけど、今は枢機卿団もいなくなって、残っている人たちは本当の信者だから……」
ラメールはため息をつくと、リーセの背嚢を叩いた。
「背嚢の肩ひもはもっと絞れ。背中と背嚢に隙間を作らないようにしろ。それで、身体が降られることはなくなるはずだ。背筋を伸ばし、常に腰を落とさないように意識しろ。頭の先に一本の紐がついていて、天から引っ張られているような姿勢を保つんだ。それで、腰から上を背後から押し出されるような感覚で体を進めるんだ。それに足の動きを合わせろ。足裏全体で地面を踏みしめることを忘れるな。絶対に蹴るな」
そういうと、ラメールは歩き始める。
「ちょ、ちょっと、一度に全部言わないで! 一つずつ丁寧に教えて。覚えきれない!」
「覚えないと体を痛めるし、お前がしんどい思いをするだけだ。まあ、教会に着く頃にはなんとかなるだろ」
リーセはため息をついたあと、肩ひもを締めなおした。そして、錫杖を頼りに姿勢を正して歩き始める。確かに、背嚢の重量で体が振られることもなくなり、腰を曲げて歩くよりも随分と楽になった。
隣でノノも同じように肩ひもを結びなおしている。
「ラメール様が来てくれてよかったですね」
「……そうね。でも、なんか偉そうでムカつく」
「おいっ、聞こえているぞ!」
ラメールが振り返る。
「だが、時に怒りの感情は疲労を忘れさせる。疲れた時は腹が立った時の事を思い出すといい」
ようやく、三人の旅が始まった。
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