13.勇者を地に落とす戦い(後編)
ノノがリーセの身体を黒いブランケットで包んだ。そしてその上から彼女を抱きしめた。
「リーセ様、お帰りなさい」
「ふふっ、全部、作戦、通りっ、ひっく……、上手くぅ……、うぐぅ……」
ノノは目じりを下げて穏やかな笑顔を浮かべていた。それを見たリーセも無理に笑おうとする。しかし、出てきたのは涙と嗚咽、それに鼻水だった。
「リーセ様、お顔をふいてください」
ノノがハンカチでリーセの涙をぬぐい、それをリーセが取り上げて鼻水をすすった。
「リ、リーセさまぁ……」
ノノはべっとりと鼻水のついたハンカチを見つめ、一瞬動きを止めた。そして、情けない声をあげた。
「うぅ、ごめん……」
リーセがまだ鼻をすすりながら答えていると、先ほどからノノに付き添っていた騎士が二人の背中を軽くたたいた。
「おい、暴動が起こるかもしれない。早く控室へ戻って
「暴動? どうしてですか?」
ノノの質問に騎士はため息をついて、リーセたちを控室へと押しやるように背中を押した。
「世界教会と勇者が、ルセロ教団を悪役に仕立てて討とうとした。いや、ルセロ教団は実際に信者から財産を巻き上げていたから仕立てたというのはおかしいが、とにかく勇者はルセロ教団を壊滅させればよかったんだ。しかし、勇者は何を思ったのか、その教団の教主と決闘をするために街に連れ帰ってきてしまった」
騎士はちらりと、まだ時々嗚咽を上げている少女に視線を向けた。
「それで、元老院も市民の息抜きに利用するつもりで乗った。勇者が決闘で教主を討つといきり立っていたから、誰も連れてきたのが少女だとは思っていなかったんだ。それで、そこにこんな少女が現れて泣いて許しを請うものだから、観客は同情した。さらには公開の場で決闘をして少女を討とうとする勇者や世界教団への正気を疑った。ルセロ教団への怨嗟が世界教団へ反転した。その結果がこれだ」
「そうだったのですか……。それをリーセ様は最初から考えていたのですね」
「ハッ、泣き叫んでいたガキにそんな考えなんてねぇよ。快く許せばルセロ教団とその信者の問題で終わったのに、いつまでも睨みつけるものだから……」
騎士を残してリーセとノノは控室へと入る。
扉を閉めると音量は落ちたが、観客の歓声は控室の中にも響いていた。
「どう? ノノ、これで私も教団も、救われたでしょ」
「そんな事は、もういいですから、涙を止めてください。もうハンカチは使えないんですよ!」
ノノはリーセの法衣の着付けをてきぱきとおこなった。
あんなに脱ぐことに苦労した衣装は彼女の手にかかると簡単に着ることができた。
しかし、ノノの手が止まった。つなぎ目が破れてしまっているのだ。
「まったく、大切にしないで、乱暴に脱ぐからダメなんです」
「……そうだね。ノノがいないとダメね」
ノノはソーイングセットをスカートの内側から取り出した。
「そうです。リーセ様にはノノがいないとダメなんです!」
先ほどからノノが針穴に糸を通そうとしている。しかし、指先は震え、一向に糸は針穴を抜けようとしなかった。
「リーセ様にはノノが必要なんです。なのに……、なのに、一人であんな恐ろしいことをしようとするから……」
指先にノノの雫が落ちた。鼻をすすると、さらにぽたぽたと雫が落ちた。
「ノノ……、ごめん」
「あやまらないでください。もう、ハンカチはないのに……」
ノノの肩が震えた。リーセがその肩をそっと抱いた。
「次からは二人でやりましょう。どんなところでも、このノノはリーセ様のお側にいます」
「ノノ、次はない。もう、こんなことはしない」
「それもそうですね。またこんなことが起きればノノの心が壊れてしまいます」
「ノノっ、帰ろう。二人で教会に帰ろっ。もう危ないことは絶対にしないからっ。二人で、いつまでも!」
二人はきつく抱きしめ合った。
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