8.少女は死地へと歩き出す
「決闘だと?」
リーセの提案に勇者ヴィルトは眉をしかめた。
「こちらは私一人、勇者様側は6人。ヴィルト様側の優位な条件を飲むのですから、私にも一つ条件を出させてください」
「おい、勝手に話を進めるな!」
「場所はフールハーベントの街とやらに致しましょう。その場に私が被害を与えたという方々を呼んでください。ヴィルト様の雇い主の方々にも来ていただきましょう。是非、ヴィルト様が依頼通りにお仕事をされている所を見ていただきましょう。それと……そうですね、どうせなら街の人全員に見ていただきましょう。その方が盛り上がりますからっ!」
「おいっ、だから勝手に……っ」
ヴィルトの肩を戦士の男が掴んだ。この中にいる誰よりも巨体で、山塊を思わせる筋肉だ。そして、リーセに視線を送る。
「そちらは一人なのか? 隣の男は参加しないのか?」
「はい」
「そう言ってこちらの油断を誘い罠にはめるつもりなのかもしれないが、その男は吸血鬼なのだろ? 街の中には入れないぞ」
「そうなのですか?」
「街には魔物を退ける結界が張られている」
「なるほど。でしたらこちらはやはり私一人ですね。それが正々堂々というものです」
リーセは錫杖を構え、カツンと床を叩いて見せる。杖の先についている水晶は相変わらず白く濁り、ひび割れが入っていた。
「ふざけるな! 誰がそのような決闘など受けるものかっ。この場でその頸を刎ねてやるっ!」
ヴィルトが叫んだ。
「よろしいのですか? 決闘から逃げ、ここにいる者の首も全員刎ねますか? そうすると、どうなると思いますか? 枢機卿たちはこの教会にはいません。彼らの誰かが、私、いえ、ここに居る者達の信仰を引き継ぐでしょう。それはもっと強固なものとなって、ヴィルト様、いえ、あなたの教会の前に立ちふさがるでしょう。それに、ヴィルト様はツヴィーリヒトが恐ろしいのではないですか?」
リーセの言葉を受けて、さらに身を乗り出そうとするヴィルトの肩を戦士の男が抑えた。
「本当に、そちらは一人、こちらは6人でいいのだな?」
「ええ、フールハーベントの街、民衆の前で。くれぐれも小娘だと思って手を抜かないでくださいね」
「わかった。こちらも少し相談させてくれ」
戦士の男はヴィルトの肩を抱いて後方の魔法使いたちがいるところへ連れて行った。
リーセがわやわやと会話をしている勇者一行を眺めていると、ツヴィーリヒトが咳払いをした。
「どういうつもりだ?」
「あまりにも腹が立ったから、こちらから決闘を申しこんでやった」
「自暴自棄になるな。お前を救い出せなくなる」
「私のことを心配してくれているの?」
肩を預けるようにツヴィーリヒトにもたれ掛かる。もちろんリーセがもたれかかったぐらいでよろめくようなことはなかった。触れた部分が少しひんやりとしている。外套のせいか、彼の体温が伝わってくることはない。しかし、彼に包まれているという妙な安心感があった。
「心配しているのは自分の身だ」
「そうでしょうね。でも安心して。コテンパンにしてやるから」
リーセが勇者一行に視線を送る。彼らもまた何かを話しながら、リーセにちらちらと視線を投げていた。
ツヴィーリヒトがため息を漏らす。
「信徒たちのお前を見る目を見ろ。彼らはお前を正しく評価している。無知の怖いもの知らずとはいえ、よくもそこまで過剰な自信を持てるものだ」
「世間知らずなのは、勇者、ヴィルトも同じ。神威をもって勇者となったのに、信仰の力を信じていないんだから」
「リーセは傀儡だった。さらに言えばお前は全く教団とは無縁の局外者に過ぎない。十二卿である枢機卿団が教団を専横し信者から財を巻き上げたのだ。本来の責任は彼らがとるべきだ」
リーセはツヴィーリヒトから体を浮かして見上げた。
「違う。それだと全てを勇者一行に押し付ける世界教団と同じになってしまう。私はリーセとして、教主として教団の責任を負うべきだと考えている。十二卿が勝手にした事だとしても、リーセはこの教会で暮らし、あのふかふかの白いベッドで寝ていたんでしょう?」
ツヴィーリヒトが何かを答えようとしたときだ。ヴィルトを先頭に勇者一行がリーセたちのもとへ歩み寄ってきた。
リーセは姿勢を正してツヴィーリヒトの前に立つ。
「決闘の話だが、街には
「わかった」
「それで、こちらは俺一人が立ち会う」
ヴィルトが親指で自分を差した。
「はあ? それだとヴィルト様を倒した後、いちいち一人ずつ戦わないといけないということ? 面倒くさい。全員にして!」
「お前……本気で俺たちに勝てると思っているのか?」
「あたりまえでしょ! それにヴィルト様たちは六人で乗り込んできたのでしょ?」
ドンと錫杖で床をついた。
「それとも、この教会に乗り込んでおいて、他の五人は無関係だというの? でしたら、今すぐにお帰りを!」
「そういう魂胆か。俺を一人にして、そこの吸血鬼と戦わせるつもりだな?」
「はあ? 一人だと怖いんでしょ? こんな夜中に聖堂に入り込んで来て、祈りの一つも捧げない。後ろの五人も同罪でしょ。だったら、私がヴィルト様を討ったら、全員自決すると約束して。紙に書いて誓約して」
リーセがノノに視線を送った。
「ノノ、紙と筆の準備を」
「はいっ」
ノノはスカートのすそを摘まみ上げてパタパタと小走りに紙をとりにいく。
その時、巨躯の戦士の男が踏み出してきた。
「その必要はない。望み通り六人がかりで戦ってやる。何を考えているのか知らないが、開始と同時に一振りで斬り捨ててやる。お前に騙された者たちの怨嗟を思い知るといい」
男の声を聞いたノノは立ち止まり、リーセに確認するように視線を向けた。
「そう。それならよかった」
リーセが頷く。その表情をヴィルトと戦士が奇妙な顔つきで眺めている。
彼らはリーセが何かを企んでいると考えているのだろう。決闘はともかく、彼女が隙を見て逃げるための時間稼ぎだと考えていたはずだ。しかし、リーセは勇者一行が六人で戦う事にこだわった。
対面したとき、彼女は明らかに怯えていた。それが、ヴィルトを挑発し、六人での決闘にこだわり続けた。そして今は落ちついた表情である。当然、裏があると考える。
「さてと、今夜はこの教会で宿泊されますか? もちろん、歓迎はしませんが、お夜食と寝床ぐらいは用意させていただきますわ」
信者の中に料理と寝床の準備ができる者がいるだろうか。リーセが声をかけようとすると、ノノが一歩前へ出た。しかし、ヴィルトが手を突き出して彼女の動きを制した。
「悪いが、このままフールハーベントの街へ向かってもらう。寝床はこちらで用意する」
「あら、街は近いのですね。では、早速、行きましょうか?」
リーセが答えると、ヴィルトは再び奇妙な顔つきになった。彼だけではなく、勇者一行の面々、そして、信者やノノに至ってまで僅かに目を見開いて奇妙な顔になっている。
戸惑っている彼女の背中を、ツヴィーリヒトは指で押した。それが、骨の隙間を抜けてツボにささる。
「ひゃわっ!」
背中をのけぞらせてリーセはツヴィーリヒトの方へ振り返った。
「なっ、いきなり、何をするのっ!」
「街は速足でも三日はかかる。お前の足だと一週間かかってもつかないかもしれない」
「ばっ、馬鹿にしないで! こう見えても……」
言いかけて、リーセは自分自身について何一つ知らなかったことを思い出した。しかし、それはツヴィーリヒトも同じはずだ。彼は10年ぶりに
「そんな心配は不要だ。ここに転送石がある。この石で俺たちと一緒にフールハーベントの街へ移動してもらう。今夜は街で眠り、明日の昼には闘技場で決闘、夕刻にはその頸が街の広場に飾られる」
「そんな便利な石があるんですね」
ヴィルトの手に握られているものを見ると、それは石ではなく、六角形の金属のプレートだった。金属の表面にはびっしりと紋様が刻まれ、中央には
リーセが感心しながら見ていると、ツヴィーリヒトが背後から声をかけてきた。
「各街の入り口には、クリスタルのオベリスクが建っている。転送石を発動させると、そこへ移動することができる」
「便利ね。でも、勇者一行のようなならず者がいきなり飛んできて非道の限りをして、逃げ去っていくんじゃ……」
「ちなみにこの教会の前にもそのオベリスクはあったはずだ。あと、転送石は所有者しか扱えない。そして、移動できる者は行先の街が許可した者のみだ。あと、回数は無限ではない」
「じゃあ私は無理なんじゃない?」
「転送石は複数人の移動ができる。その人数は石によって決まっている」
枢機卿たちも転送石をつかって逃げ去ったのだろうか。そうだとしたら、追いかけようがなかった。犯罪者はやはりやりたい放題ではないだろうか。
「ん? なら、部屋の抜け道はなに? そんなルートを使って逃げ出さなくても、転送石を使えばいいんじゃない?」
「こういった施設の中や、街の中では転送石を使って移動できないように結界が張り巡らされている」
「へー……、街に行ったらお土産に買って帰りましょう。お金なら私が信者どもを騙して巻き上げた金があるでしょう」
枢機卿たちは教団の財産を奪って逃げただろうか。この教会の雰囲気から考えると札はあるのかもしれないが、財と言えば金や宝石、そして美術品や工芸品だろう。枢機卿団長のベルナールは相当に慌てていたようにも思えた。そのような状況で彼らが一切合切を持ち去っているとは思えなかった。
「忘れたのか? お前はホモ・ルミナスだが魔法は使えない」
「えっ、転送石を使うのにも素養がいるの?」
勇者一行は、少なくとも勇者と魔法使いと僧侶の三人が魔法を使える。彼らは少数派のホモ・ルミナスだということだ。豪華なメンバー構成だ。
ふと気づくと、勇者一行、特にヴィルトが眉を寄せ、目を細めリーセたちの会話を聞いていた。何かを勘ぐっているのかもしれない。さっさと街へ連れて行ってもらったほうがよさそうだ。
リーセはヴィルトのもとへ進んでいった。
「じゃあ、連れて行って」
「準備はいいのか?」
リーセが頷くと、ノノが走り寄ってきた。
「リーセ様、私も連れて行ってください! 身の回りのお世話をさせてください」
「……そうね。ここに戻ってくる時に、私一人だと困るしね」
頷くと、ノノはぱっと笑顔の花を咲かせ深くお辞儀をした。それを見て再びヴィルトに向き直る。
「彼女は私に騙されている被害者だから、無礼な態度はとらないと約束していただけますか?」
「ああ、わかった」
「できれば、先ほど彼女を突き飛ばしたことも謝っていただきたいですけど」
リーセはそう言って、先頭になって扉へと向かって歩き始めた。
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