7.邪教の断罪と、邪教の正義

「先ほど、名を尋ねましたね? 私はルセロ教団の教主、リーセです」


 リーセの凛とした声が聖堂内に響き渡る。あまりにもよい声の広がりに聖堂内を見渡す。この場所は彼女の声が美しく広がるように音響が設計されているのかもしれない。いや、正確には彼女の祖母の声である。祖母も同じような声を発していたのだろうかと考えた。


「勇者、ヴィルトだ!」


 それに負けない音量で勇者と名乗ったヴィルトは声を張り上げた。

 リーセの口元が一瞬だけぽかんと開く。自分で勇者と名乗るのか。変なところで感心をする。


「そのヴィルト様がなぜここに?」

「それは己の心に聞け!」


 聞いたところで答えが出るようには思えなかった。どこにいるのか分からない本物のリーセに語りかけるが、もちろん返答はない。

 損ねるような機嫌があるのかはわからないが、これ以上ヴィルトの気分を害したくないので、天井に視線をあげ、人差し指で顎を抑える仕草をして、考えるそぶりだけ見せる。


「わかりません。教えていただけないでしょうか?」

「馬鹿にするなっ! お前とお前の教団がフールハーベントの街で働いた悪行のことだ! よこしまな教えを広め、騙し、金銭を巻き上げた。お前の目に映るもの全てが、お前が搾取した者たち、苦しめた者たちの悲鳴だっ」


 リーセは眉をしかめた。言葉の内容はどうでもよかった。どうせ知ったところで全て他人事だった。それよりも、罵倒されることがこたえた。自然と目じりに涙がたまる。

 こんな少女相手によく吠える事ができるものだ。彼女は奥歯をかみしめる。


「では、ヴィルト様もその被害に?」

「ふざけるな! 俺は街の者の声を聞き、この教会へ赴いた」

「街の者の声? それは、どこのどなたですか?」

「……世界教団の司教からの依頼だ。そして、街の元老院からのギルドを通した依頼だ」


 ヴィルトの声のトーンが少し落ちた気がした。


「俺も盲目ではない。教団に多額の喜捨を強要され、虚構そのものの免罪符を売りつけられた者たち。その代償に苦しむ者たちを俺自身が目にしてきた。借金に喘ぐ者、乞食同然に身をやつした者、さらには奴隷として売られた者たち……。目を背けたくなるほど無惨だった」

「そう、虚構そのものの免罪符というのは、ヴィルト様はどのようにして真贋のご確認を?」

「お前……」


 唸るような声を吐き出し、ヴィルトが肩を怒らせて迫ってくる。

 いつの間にかリーセの背後にいたツヴィーリヒトが彼女の隣に並び、彼をけん制するように立ちふさがる。


「勇者とは蛮勇を示す言葉なのか?」

「その意味でも構わない。どうせ、この剣の一振りで終わるのだ」


 ツヴィーリヒトとヴィルトが視線を絡め合い、緊張の度合いを高めていく。ヴィルトの左右には山塊のような大男の戦士と、ビキニアーマーの女戦士が横へ展開するように広がり、魔法使いの女と、僧侶の女が距離をとるように後方へ引いた。その中間の間合いを繋ぐように軽装の男が立つ。彼らの眼中にはツヴィーリヒトしかない。何の合図もなく瞬く間に彼を討ち取るための陣形が形成された。剣は抜かれてはいないものの、すぐさまに対応できる態勢だ。

 リーセは目を細めるようにしてその配置を観察する。彼女にもこれ以上の挑発的な言動は危険であることが分かった。

 彼女らの動きをノノや信者たちは固唾かたずを飲んで事の成り行きを見守っている。


「リーセ様……」


 ノノがかぼそい声で呟いた。

 理不尽だと思った。だいたい、訳のわからないままリーセの身体に転生して、彼女を演じさせられているのだ。宿り主のリーセの祖母は人の為と思ってこの教団を創設したのだ。それを守ろうとした母親は殺害され、枢機卿団がリーセを傀儡として裏で実権を握り、ヴィルトが先ほど述べたような所業をやってのけた。

 悪いのは枢機卿団だ。しかし、彼らは姿を隠し、その責任の一切をリーセが背負っている。

 リーセは今何を糾弾され、何を守ろうとしているのか。そして、この勇者も信じられなかった。ノノのような娘を払いのけ怪我を負わせた。自らが受けた依頼を遂行するためなら何をしてもいいというのだろうか。いや、こちらを悪と決めつけているからそのような振る舞いができるのだろう。彼らがそのような態度を取り続ける限り、ここに残った信者のために戦わなければならないという決意が強固なものへと変わっていく。

 せめてその二枚目の顔で紳士的に振舞ってくれたのなら、ヴィルトに惚れ、彼の指示にほいほいと従えたのにと思う。

 分かり合えないのなら、悪は悪らしく振舞ってみるのもいいのかもしれない。

 リーセはツヴィーリヒトを抑えるように前に出た。


「わかりました。ですが、ヴィルト様。そもそもあなたは何をしにこの教団に尋ねてこられたのですか? ルセロ教団から被害を受けた方々に同情しての行動だと思いますが、私を捉えたり、私を殺害したりすることで彼らの何になるというのです? 確かに溜飲は下がるのかもしれません。でも、彼らの生活は変わらないのです。あなたは、教会や元老院の依頼を受けての事だから、そこから先の事はその団体に任せるというのでしょう。ですが、それもまた無責任です」


 ヴィルトが肩にかけた剣を抜いた。そしてその剣先をリーセに向ける。ツヴィーリヒトが再び二人の合間に割って入ろうとしたが、リーセは手を上げてその動きを制した。


「多くの民を騙し陥れたのはお前とお前の教団だろう? 俺がどう振舞おうとお前の罪は変わらない」

「ヴィルト様。それが軽率だというのです。あなたの一振りで私は罰せられるでしょう。しかし、その間にここにるツヴィーリヒトがあなたの仲間を三人殺害します。その中にあなたも含まれているかもしれません。そうなればあなたの本当の大義である魔王討伐は果たせなくなるでしょう。そして、私に騙されたという人も本当の意味では救えません」


 リーセの言葉を受けてもヴィルトは眉一つ動かさなかった。しかし、彼の脇を固める5人の仲間たち、とくに女戦士と、軽装の男は明らかに嫌そうに表情をゆがめた。


「口の回るやつだ。我らがそのような甘い覚悟で来たと思われたら心外だな。だからと言ってお前を見逃してどうする。たしかにこれまでの被害者はお前の言う通り、俺の手では救えぬだろう。しかし、お前を斬り伏せることで、これ以上の被害者は生まれない」

「それこそおかしな話でしょう。私たちを悪と断ずる。しかし私の周りを見てください。私の教えはここに居る者たちと共にあるのです。ヴィルト様の雇い主、教会や元老院にもヴィルト様をはじめこのような者たちがいる事でしょう。しかし、それだけではないはずです。日々の貧困に喘ぎ苦しんでいる者もいるはずです。病気で働けなく、社会保障を受けられずに死んでいく者もいるはずです。あなたはそれに目を伏せ私の行いを糾弾する。私たちとヴィルト様の雇い主にどのような差があるというのです?」


 ヴィルトはリーセの言葉に肩を揺らした。


「イカれた女め。差はあると言っておこう。人間、貧富の差はある。働く者と働かざる者、それらは平等ではない。お前がやっていることは、働く者から財を掠め獲り、不幸のどん底に落とし入れていることだ。そして、勇者こそが教会で神託を受け、奇跡の力を行使する者であることを忘れたのか? どちらにしろ、神の教えを捻じ曲げ、広める者を許す筈がない」


 その言葉を聞いて、リーセは狐につままれたように口をぽっかりとあけた。そして、ツヴィーリヒトに確認をするように視線を送った。彼はヴィルトの言葉を肯定するように頷いた。

 リーセはヴィルトに向き直る。


「少しだけ時間をください」


 ヴィルトの返事を待たずにリーセはツヴィーリヒトを連れて勇者たちから距離を置いたところに移動する。そこは篝火の近くだった。炎はほとんどの薪を燃やし尽くして火勢を弱めている。このような状況で薪をつぎたす者もなく、まもなく消えるだろう。それは自分たちの未来のようにも思えた。


「ちょっとっ! 神はいるじゃない!」


 ツヴィーリヒトにリーセは詰め寄った。


「なぜ、そう思う?」

「ツヴィーリヒトも聞いていたでしょう? ヴィルトは教会で神託を受けて奇跡の力を行使できるって」

「神託を与えたのは本当に神か? 教会の者じゃないのか? それにその力は本当に奇跡か?」


 リーセは深くため息をついた。


「これは私がどこかの街の住民を騙したから罰せられるということではなく、勇者を遣わした世界教団と、異なる教えを広めるルセロ教団との戦いなのね」


 ひとりで何度も頷くとリーセは振り返る。そして、つかつかとヴィルトのもとへ歩いて行くと人差し指を突き付けた。


「わかりました。ヴィルト様の決闘の申し込みを受けましょう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る