第22話 ライラックに近付く女性


 俺は、ライラック・ゴードン。金瀬一郎とは大学時代からの友人。彼は天才に近い頭脳を持っている。


 あの若さで脳科学、人工頭脳、ロボット工学の博士号を持ち、グローバルマンディの商用AIスペクトラムV2を開発した男だ。


 今では地球上の七十パーセントの企業、病院や商用施設の他、自働車や家電等のあらゆる生産工場を持つ企業、物流等全ての分野においてトラムV2は導入され、それを利用するコンシューマの心を掴んだ。


 そして俺をグローバルマンディに移籍させてトラムV3を完成させた。今やコンシューマでトラムV3を持っていない人はいないと言われている位だ。


 俺もそれによって一時先が見えない状態だったが、今は十分な生活と自分の好きな研究に没頭出来ている。



 今日も仕事の区切りがついた所で会社を出た。RDCに乗っていつもの居酒屋に行く。酒は強くないが、その居酒屋は飯が上手い。独り者の俺には最高の居場所だ。


 RDCが停まりドアを開けて降りると目の前に居酒屋のドアがある。ドアをゆっくり開けて中に入ると

「いらっしゃいゴードンさん。いつもの席空いてるよ」

「ありがとう」


 カウンタの一番左の席が俺の定席だ。座ると

「マスター、クラシックラガーをくれ」

 

 マスターは黙って俺の前にビール瓶とグラスを置く。注いでなんかしてくれないが、のんびりと飲めるからいい。

 メニューを見ながら空きっ腹を満足させれる料理を探していると


「こちらの席、宜しいかしら」

 俺の隣の席はいつも空き席だ。俺が嫌だからだ。だがその声の主は勝手に座って来た。

 メニューから顔を外して顔を見ると前に俺を振った女にそっくりだ。うっかり見ていると


「どうかしました?」

「いや、何でもない」

 メニューに視線を戻したが、隣が気になってしまった。チラッと下を見ると短めのスカートに思い切り魅力的な太腿が見えている。そこに急にバッグが置かれた。


「がっつく男は嫌いなのですけど」

「し、失礼。つい」

「ふふっ、いいですよゴードンさんなら」

「なんで俺の名前を?」

「さっきまで向こうの席に座って居たんです。そうしたらあなたが入って来てマスターがあなたの名前を呼んだでしょう。だから分かったの」


 真っ赤なルージュを引いた唇が艶やかに動く。なんであの女に似ているんだ。あいつはカリフォルニアに居たはず。そして他の男と結婚したのに。


「ゴードンさん、私誰かに似ているの。さっきから熱心に私の顔を見ているけど?」

「失礼、何でもない」

 今日は早く腹を満たして帰った方が良さそうだ。メニューを見ていると


「マスター、私もゴードンさんと同じビールを」


 マスターが何も言わずに隣に座る女に俺と同じビールとグラスを持って来てその女の前に置いた。その女は慣れた手つきでグラスに注ぐと


「ゴードンさん、私はカイラ・マルフィック。カイラと呼んで」

 そう言うと俺のグラスに勝手にカチンと音を立ててぶつけると一人で飲んだ。


 こんな女は危ない。さっさと食べて帰るか。

「マスター、牛ロース二百グラムとポテトをくれ」


 マスターは頷くと厨房に消えた。

「ゴードンさんは女性がお嫌い?」

「……………」

「そんなに構えなくても良いのに。私はいつもあなたがこの席で食事をしているのを見ていたの。

 でも食べると直ぐに帰ってしまって声を掛けるチャンスが無かったというか、勇気が無かった。

 でも今日は勇気を出してここに座ったのにそんなに毛嫌いしなくても」


 女は寂しそうな顔をしてグラスに入ったビールを飲みほした。そしてまた注ぐと


「やっぱり駄目だったか。嫌な男には声を掛けられ好きな男には断られる。私って運が無いのね」

 そう言ってグラスを煽ると元の席に戻って行った。



 嫌いも好きも初めて会って色々言われてもな。まあ隣が空いてくれて助かる。マスターが料理を持って来ると


「あれ、カイラちゃんは?」

「マスターはあの女を知っているか?」

「ああ、ほとんど毎週来てくれている。ゴードンさんが私の好みなんだけど声を掛けられないって言っていたから勇気出して言えばいい。

 ゴードンさんは優しいからって言ったんだけど。何で戻ったんだろう?」


 そういう事だったのか。なんか悪い事したな。でも今日は声を掛けるのを止めておこう。明日も仕事だ。



 次の日、明日は日曜日だ。俺には休みというのは興味がない。部屋に居て何もしないより研究室で自分の好きな研究をしている方がよっぽどいい。


 一郎も同じ研究好きの男だったが、ここ二年ほど日曜日は休む、午後八時には帰っている。あいつも辛い時期が有ったが、新しい女でも出来たんだろうと思っている。


 ……俺もそうするか?



 土曜日。仕事帰りにいつもの居酒屋に行って店の中を見たけどあの子は居なかった。ちょっと残念だけどいつもの席に座ってマスターにいつものビールを頼むと


「あの子は?」

「あの子?ああ、カイラちゃんか。もうすぐ来ると思うよ。彼女モデルとシナリオライターの仕事をしているんだ。

 さっき連絡が有って、今日行くから俺に相手してくれって言ってたよ。丁度いい。もし良かったらゴードンさん相手してやってくれ。うちはこの通り俺と厨房の奴だけなんでな」


 それだけ言うとマスターは厨房に入って行った。俺の仕事とは全く縁遠いな。それに研究室が俺の恋人だからモデルとか全然知らない世界だ。


 十五分も経たない内にカイラ・マルフィックが店に入って来た。俺を見つけたが、何も無かったように別の席に座った。


 マスターが厨房から出て来てその子の傍に行くと何か耳打ちしている。その子は急に明るい顔になって席を立つと俺の隣座った。

「今日は良いのかな。ゴードンさん?」


――――― 


次回もお楽しみに。

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