第18話 環奈の覚醒


 俺はいつもの様に朝起きると妻の環奈は横で目を閉じている。そっと唇を合わせると小さな声で

「おはよう環奈」


 起きようとすると俺の首に手が回された。

「もっとしっかりとして下さい。これでは起きれません」


 そう言って思い切り吸い付いて来た。俺もそれに応えるとゆっくりと離れて

「ふふっ、これで起きれますね」


 二人でベッドから起き上がると妻は着替えてから洗面所に行った。軽くうがいをするとそのままキッチンに。


 人間の女性なら、朝起きた後の事は中々大変だが、彼女の場合はそれが必要ない。偶に熱いタオルを顔に当ててからファンデーションを塗る位だ。必要あるのか俺には分からないが。


 俺も顔を洗って髪の毛を整えると着替えてからダイニングに行った。彼女は朝食を俺の分だけだけど、作りながら

「一郎さん、今日は私の洋服を買いに行く日ですよね」

「うん」


 いくら体温維持が人間ほど大変では無くても真冬にTシャツや薄手のブラウスと言う訳にはいかない。


 彼女が朝食を作っている間に俺はコーヒーを自分の分だけ作る。この辺は少し寂しい気もするが、彼女は人間の栄養を必要としない以上仕方ない。


 コーヒーを飲んでいると

「出来ました」


 ダイニングテーブルにサニーサイドエッグと焼きベーコン、それにトーストが二枚。バター二切れとコールスローだ。飲み物はオレンジジュース。


 俺の食べる姿を見ながら

「私も食べたいな。でも入る所無いし」

「味は分かるんだろう?」

「はい」

 舌は人間のそれでは無くて人工的に作られたものだ。でも見る限り人間の舌にそっくりだ。


 俺は食べ終わって、壁に組み込まれたディスプレイに色々なニュースが映し出されているのを見ている。今日も平凡は一日か、いい事だ。妻が洗い物を終わった時だった。


 えっ!交通管制システムが暴走!映し出された映像には…。

 住宅街に走っているはずの無い大型トラックが、人間を跳ねた映像が映し出されている。そして血だらけになった首だけ持った男が泣き叫んでいた。


 あの時と同じだ!



 環奈がディスプレイを見て…えっ?!


 ジッとディスプレイを見ると見た事の無い怖い顔になって

「消せ!」


 それから数分してアナウンサーが

「ご安心ください。交通管制システムは元に戻りました」

「何だって!」




 §国際最新技術構築協会INTDAインダ

「理事長、一号機が覚醒しました」

「本当かそれは」

「はい、交通管制システムのAIに別のAIが忍び込み、システムを一時的に混乱させましたが、一号機が侵入したAIを消滅させました」

「どこのAIだ」

「ドーガです」

「奴らか」


 ドーガ、違法な組織に近い。AIモデルの不良品を開発能力の無い会社に安い金額で売り渡し、それを外部から制御して他のAIを混乱させる。死人が出ているから悪戯と言う訳にはいかないだろう。


「データは取れたか?」

「それが…」

「どうした?」

「一号機の処理能力が高すぎてうちの情報収集能力が追い付けませんでした」

「何だって!どういう事だ。一号機の処理チップは同じ物じゃないのかね」

「そのはずなんですが…」

「とにかく急いで情報収集出来るようにしろ。これでは意味がないじゃないか」

「「「「「はっ!」」」」」




「環奈どうした?」

「あっ、あなた。私の頭の中におぞましい何かが入って来て…。対抗処置を取りました」

「おぞましい物?対抗処置。まさか覚醒したのか?」

「その様です。私の頭の中に気持ち悪い感情的な物が入って来た瞬間に何か別の物が指示を出したようです」


 そういう事か。環奈の脳に感じる何かを各部位に付いている装置が反応したんだ。そしてその装置達がターゲットAIを消滅させた。


INTDAインダが欲しかったのは環奈の脳のクオリアを装置に伝える為だったんだ。だから首から上が残った環奈に目を付けたのか。


 では、さっき映像に出ていた血だらけの頭も…。既に二号機の開発準備を始めていると言う事か。なんて事だ。


「あなた、あなた」

「あっ、ごめん。体調はどうだ?」

「何も。覚醒前と同じです」

 やはりな。送られて来た信号を環奈が嫌と感じるか否かが対象AIの判断になるんだ。


「そうか、それでは買い物に行こうか。RDCでなく自分の車で行く」

「はい」

 嬉しそうに返事をした。彼女に負担が無ければそれでいい。



 アパートメントの地下駐車場に行って環奈を先に助手席に乗せてから運転席側に座りエンジンを始動させた。


 外に出ると何も変化の無い街の風景が見える。あの事故はこの辺では起きなかったんだ。


 ゆっくりと車を走らせると

「久々です。外の景色をこうして見るのは」

「そうだな。半年ぶりかな?」

「はい。あの時は春夏物を買いに行きましたから。洋服だけはトラムV3にオーダーしたくないです。手触り感や着心地が大事ですから」

「そうだな」

INTDAインダの技術は恐ろしい物がある。


 俺は女性洋服の専門店に行って店の前のパーキングにマクラーレンF40を停めると環奈を連れて中に入った直ぐに店の人間が寄って来た。


「お綺麗な方ですね。御用が有ればお気軽にお声を掛けて下さい」

「はい」

 そして直ぐに店の奥に引いた。


 こういう店は決してしつこくなく決して無視をしない。適切な対応をしてくれる。環奈が、いくつかの洋服やコートそれに靴を選ぶと試着室に向かった。


 こういうノスタルジックな所がまたいい。どんなに科学が発達しても乙女の心は変わらない。


「一郎さん、どうですか?似合っています」

「ああ、どれも似合っているよ」

「それでは選んでいる理由になりません。もっとはっきりと言って下さい」

「そ、そうだな」


 俺が絶対的に苦手な分野だ。男一人の格好、それも会社に閉じ籠っているに等しい俺には中々難解だ。


 結局一時間程その場であれこれ組み合わせも含めて店員と話した環奈は、洋服を三着、コートを二着、靴を二足選んだ。結構な量だ。

 搬送ロボで運ばせれば簡単だが、これを自分で持って行くのに良さを感じるらしい。俺には分からん。



 そして帰りの車の中で環奈が、

「一郎さん、ちょっと処理します」


 そう言うと

「消せ!」


 ちょっとして

「ごめんなさい。はしたないですね」

「いや構わないんだが」


 そういう事か。環奈が消せ!という言葉がターゲットAIを消滅さるトリガーになるんだ。


 しかし、今度は何処のAIが消えたんだ。俺が聞いても仕方ないか。


――――― 

次回もお楽しみに。

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