第16話 充実した日々
目の前で料理を作っているのは俺の妻、環奈。今迄の事を知らない人は間違いなく普通の人間、それもとても可愛い女性と思ってしまうだろう。
しかし、実際は頭の九十パーセントは人間だが、それ以外は作られたものだ。だがここまで来るとそういう言い方は全く似合わない。人造人間、古い呼称だがそう呼んだ方が相応しい。
何よりも表情や仕草は人間そのもの、作られた機械という動きは欠片も見られない。目や口の動きだけでなく表情筋の動きも人そのものだ。皮膚を触っても体温も柔らかさも生きていた時と同じだ。
前に一度、冗談でくすぐったら思い切り笑った。抓れば痛いと言う。もし肌が切れたらどうなると聞いた時、血は出ませんが痛みを感じますと言っていた。
どうしたらここ迄精巧な作品が作れるのか。
だが今は生き返ったと言った方がふさわし妻を見て精神的に満足し安定している。
「あなた、もうすぐ料理が出来ますからテーブルセッティングして頂けますか?」
「分かった」
作ってくれた料理の味は生きていた時に彼女が作ってくれた味そのものだ。だからという訳では無いがベッドに入った時はまるで新婚の時の様に燃え上がってします。
残念だが彼女は妊娠する事は無い。だがそこまで望むのは欲が深いという物だろう。
俺は、自分のオフィスにいて仕事をしているとライラックが訪ねて来た。今日は特に打合せなど無い筈だが。
「一郎、少しいいか?」
「構わないが」
「最近、顔色は良いし、いつも嬉しそうな顔をしている。夜は午後八時には帰るし、日曜日は休む。仕事しか頭に無かった人間がどうかしたのか?」
「その事か。ああ、ちょっと有ってな」
「何か有ったのか?」
「上手く話せないがいい事が有った事は事実だ」
ライラックにも環奈の事は流石に話せない。
「そうか、理由はともかく、お前が大学時代と同じ様に元気そうにしていると俺も嬉しくなるよ。所でもうすぐだなトラムV3の完成は」
「試作機の完成は来月だ。顔はライラックの好きなアイドルで行く」
「照れくさいが嬉しいぜ」
それから一ヶ月後、トラムV3試作機が出来上がった。
アイドルの顔を持つ三頭身ロボットだ。体はコンシューマの好みで洋服を着せてもロボットの銀色の体でもいい。大体の人が着させるだろうけど。これもまたビジネスになる。
この仕様が世に出ればいずれコンシューマからもっと色々なリクエストが来るはずだ。
§国際最新技術構築協会
「技術主任、一号機の調子はどうだ?」
「はい、何も問題なく。データの方も順調に取れていまが、日常生活におけるデータであって、突然の圧、例えば転んだりした時のデータは取れていません」
「何故だ?」
「ミスター金瀬は一号機をあまり外に出していないようです。ほぼ一日中部屋の中に居るのでその様なアクシデントは起きない様です」
「そうか、それは待つとするか」
「ところであの方がどうなっている?」
「今の所それらしい動きを見せているAIはありません」
「もし、我々の組織に不利益は動きをするAIが出てきた場合どうする」
「消滅させる事も出来ますが、ここからの発信は位置特定される恐れがあります」
「一号機の覚醒の方は?」
「もう少し時間が掛かりそうです」
「早く出来ないのか?」
「それは出来ません。自発的起動によりオフェンサーとしての能力が発動します」
「そういう仕様だったな」
「はい、一号機本人の意思がない限り」
「分かった。待って居よう」
環奈が戻って来てから一年が経った。もう彼女を作られた作品だと思わなくなって来ている。全く人工物としてのイレギュラーな仕草が無いからだ。
トラムV3の量産化も進み、今グローバルマンディの商用AIスペクトラムV3の利用率はこの地球上の市場の七十パーセントを占め独占に近い。他社の機能アップも流石に追いつかない様だ。
更にカスタマーセンターには、ロボの仕様のバージョンアップを望むリクエストが、毎日のように入って来ているがそれは俺の仕事ではない。
CEOも我が社は当分安泰だなと言っていた。胡坐をかいた時、下り坂が目の前に現れる。常に向上して行かなければならないのだが、今の会社の繁忙状況では仕方ない所だ。
お陰で俺は自分の研究に没頭する事が出来ている。ライラックはもっと人間に近い皮膚の開発をすると頑張っているが。確かに我が社のロボの皮膚は環奈のそれと比べれば見劣りする。
それから更に三ヶ月位経った時だった。夕食も終りのんびりしていると
§環奈一号機
最近何か今迄経験した事の無い情報が頭の中に入って来る。一郎さんと過ごして一年。
だけど私の頭の中に初めて外部からの情報が入って来ている。一郎さんに相談しないと。
「あなた、お話があります」
「なに?」
環奈の表情がいつもと違う。何か不具合でも出たのか?
「一郎さん、
「勿論だ」
俺は、環奈の話を聞いて耳を疑った。
―――――
次回もお楽しみに。
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