第12話 夢の実現に向けて

 

 INTDAインダ理事長トーマス・ソレイユと会ってから三ヶ月が過ぎていた。俺の知る限りの情報網で調べてもこの協会は商用AIのモデルを提供しているだけの会社しか分からない。


 俺がこれから開発しようとする量子チップを何故開発出来ているのか分からない。そしてロボットいやあそこまで行くと人造人間と言ってもおかしくないレベルを開発出来る技術。


 あんな事が出来るなら何故それを世に出さないのか。それも分からない。何も分からない内にこちらから近付くのは危険だ。


 ライラックから提示されたWBSでは人工皮膚の開発は後半年で終わる。神経細胞の研究は進んでいるが、何故意識を持つのか、脳のあらゆる部分が同時に双方向のやり取りをしている事は物理的には分かっているが、それが意識なのか何なのかも分からない。


 新しい量子チップが開発できたとしても今以上にAIの知能を向上させる事が出来ない。


 トラムV3はそれでいいだろうが、俺が望む環奈の頭の中にある人間のニューロンと疑似ニューロンの双方向連携が出来ない。出来ない事ばかりだ。


 やはり環奈を蘇らせる事は不可能なのか?

 アパートメントの自分の部屋に戻って目を閉じた環奈の顔を見る度に自分の能力の限界に悔しさを感じていた。




 トラムV3の開発は順調でライラックが人工皮膚の試作が出来たと俺に連絡をして来た。彼の研究施設に急いで行くと人間の頭ほどの大きさと二頭身のロボットが出来上がっていた。


「ライラック、この顔は?」

「ああ、俺が好きなアイドルの顔さ。可愛いだろう」

「呆れた。まあいい。しかし頭だけ見ていると人間そっくりだな」

「ああ、皮膚を触ってみてくれ」


 俺はゆっくりと顔の頬の部分を触ると十代の女の子の様な柔らかさが有った。抓っても直ぐに元に戻る。

「ライラック、これは外で雨や風に当たっても劣化しないのか」

「ああ、風洞実験で台風並みの風と雨を三日間七十二時間ぶつけても全く変わらなかった。もっとも自分の大好きなアイドルや女の子をそんな状況に置く人間なんていないと思うけどな」

「それもそうだ」


「一郎、頭の中身の開発は進んでいるか?」

「ああ、量子チップの脳内配置も決まった。後はチップの開発完了を待つまでだ。後一年位だろう」

「そうか、俺もこれをオーダーメイドに生産出来るラインの開発を設備管理ユニット長と話す事になっている」

「上出来だ。CEOにはV3の第一リリースが一年後に可能だと言っておくよ」

「CEOが喜ぶ顔が見えるぜ」


 この頃になると商用AIを手掛ける他社がトラムV2の能力に近い製品を市場に出し始めて来た。


 トラムV2も極東方面本部に指示を出して簡単な改良を行ってはいるがいつまでも頂点に胡坐をかいている訳にはいかない。だが、まだ一年以上は大丈夫だろう。



 今日も遅くなってからニューヨーク本部を出た。アパートメントまではマクラーレンF40を交通管制システムに従って走らせても十分もかからない。


 だが、車内のアラームが点灯した。そして人工音声で

『後続に付けて来る車両が有ります。RDCでは有りません。社内に武器を感知できます』

「分かった。回避できるか?」

『簡単ですが、相手の車を破壊する事になります』

「それは不味いな。相手が誰だか分からない内に破壊する訳にはいかない。停止させる事が出来るか?」

『可能です。実行しますか?』

「やってくれ」


 マクラーレンF40の後部からプシュっという音がしたと思うと後続の車が停まった。タイヤをパンクさせたのだ。高速で走っている訳では無いので自動停止したんだろう。


 バックミラーで見ていると男が一人降りて来た。よく見るとINTDAインダの理事長トーマス・ソレイユだ。


 俺も車を降りると近付いて来て

「ミスター金瀬。あまり乱暴な事は止めてくれ。大切なお土産が壊れてしまうじゃないか」

「お土産?」

「ああ、君が欲しがっていたものさ。降りて気なさい」

「はい」


 俺は、一瞬自分の目を疑った。信じられない。何故?

「驚くのも当然だ。ここに居るのはミセス金瀬だからな」

「……………」


「これを君にプレゼントするよ。但し条件が有る。それを承諾してくれるならばだが」

「条件とはなんだ」

「簡単な事さ。このミセス金瀬はまだ覚醒していない。それには君が大事にしている極冷凍温度で保存されている首だけのミセス金瀬を一時的でいい渡してほしい」

「何だと!」


「驚くのも無理はない。だが君の知識やグローバルマンディの技術では君の望むものが出来るのかね?」

「それは……」

「我々には可能だ。どうだ二ヶ月でいい。勿論ミセス金瀬に傷をつけるなど絶対にしない。何故ならば、それが、今いるこの子の頭になるのだからな」

「何だって!」


 そんな事が出来るのか。あり得ない。だが、この男が嘘を付く理由がない。現に俺の前には生きていた頃の環奈そっくりのロボット?がいる。


「ソレイユ理事長。もし提供したとして、お前の言った事を信用出来る担保はあるのか?」

「ある。このミセス金瀬は試作機だ。この子の体の中は以前会った時のあの体が入っている。君にとっては喉から手が出るほどの代物じゃないかね」

「確かにその通りだが、環奈を渡す程の条件にはならない」


「ミスター金瀬。冷静に考えてくれ。今の君の知能と会社の技術で君が溺愛している彼女の首をあのカプセルから出す事が出来るのかね。もし出来たとしてそれは何十年後だ?」

「……………」


 この男の言っている通りだ。何時までも環奈をあのカプセルの中に入れておくことは出来ない。俺に万が一の事が有ったら環奈はどうなる。


「ソレイユ理事長。俺のアパートメントに一緒に来てくれるか」

「了解だ。ミセス環奈。君はそっちの車に乗りなさい」

「分かりました。行きましょう一郎さん」

「っ!」

 なんて事だ声までそっくりじゃないか。


 環奈モドキがマクラーレンF40の助手席に人間の様に座った。動きはなめらかでロボットとは思えない。ソレイユ理事長はいつの間に来たのか二台のボックスカーの一台に乗った。



 俺はアパートメントの地下駐車場に着くと環奈モドキを降ろした。彼らの車も一緒だ。ソレイユ理事長と三人程の男と一人の女性が車から降りて来た。


「ミスター金瀬。私のスタッフだ。心配ない」

「分かった」



 エレベータに全員で乗って俺の部屋に入ると

「この極冷凍保存カプセルの扱いは知っているのか?」

「これは私達が開発した製品だよ。大事に扱う。二ヶ月ほど預からせてもらう。今度会う時は一号機の頭はミセス金瀬だよ。楽しみにしていてくれ」

「この環奈モドキはどうするんだ」

「誰もいないのでは寂しいだろう。置いて行く。エネルギー源は心配ない。十年は持つ。一号機が完成したら引き取らせてもらう」


 男三人と一人の女性は手慣れた手付きで極冷凍保存カプセルを持ち上げるとそのまま俺の部屋を出て行った。

「では二ヶ月後に連絡する。楽しみにしていてくれ。おっと、肝心な事を言い忘れた。その子は人間の女性そのものだ。妊娠はしないがね」


 それだけ言うと俺の部屋を出て行った。見送る必要など無いだろう。


――――― 

次回もお楽しみに。

書き始めは皆様のご評価☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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