第11話 思いを実現したい

 

 正直言えばV3の仕様は少し違っていた。だが、今更そんな事どうでもいい。今は環奈をもう一度俺の元に戻す事。それには大きなハードルが有った。


 そう、彼女の体だ。頭の部分は何とかなるだろう。でも体が無い。グローバルマンディは商用AIは作れてもロボットそれも人間と全く同じ動きをする人造人間の様な物の開発は行っていない。


 でも今、そんな事言ってもどうしようもない。それより環奈の頭をあの極冷凍保存カプセルから出してあげる事。


 それにはまだ生きている脳の部位を何とかしないといけない。完全に人間の頭の頭蓋骨と脳被膜で覆わなければいけない。


 それが出来なければ今の生きているのはそのままに、環奈と同じ完全な人間と同じAI脳を作り出す事だ。


 しかし、未だ難問な事がある。クオリアと呼ばれる人間が感じる質については外部認識技術の発達で目、耳、鼻、口から入ってくる情報から人間らしい判断が出来る様になって来た。しかし意識と心がない。NCCと呼ばれている意識と関係する神経細胞の事だ。


 それさえ実現出来れば、完全に人工脳が出来上がる。でもそれには今の量子チップの改良と神経細胞のもっと研究が必要だ。


 人間の脳のニューロン数は約千億個だ。それを同時に動かすには今の量子チップをもっと極小化して双方向並列処理速度を一万倍以上にする必要がある。

 それはトラムも含めて今の商用AIすべてが生まれたての赤ちゃんになる位の差がある。




「一郎、また難しい顔をしているな」

「ライラックか。どうだ立案出来たか」

「問題ない。ただ人間と同じ皮膚を作っても外で風雨にさらされて剥げてしまってはゾンビになってしまうから、一番外側の表皮を人より強くする。でもはた目には分からない」

「十分だ。WBS組めるか」

「そこは少し待ってくれ。原料調達から考えないといけない。業者探しからだ。結構レアな物が多いからな」

「購買ユニット長を紹介するからその人と話してみてくれ」

「分かった」


「一郎、こういう事を今言うべきではないが、君の妻の事は本当に言葉では表せない位悲しい事だ。改めてお悔やみを言わせてもらう。お墓は日本か?」

「ああ、彼女の実家の墓地で眠っている」

「そうか。悪かったな。こんな時に」

「いや、ありがとう気を使って貰って。環奈も喜ぶよ」


 ライラックにはこの前、環奈の死の事について伝えた。何時までも隠し通す訳にはいかないからだ。

 環奈の事とトラムV3の開発は全く別の事だ。今はV3の実現に向けて注力しないといけない。




 夜遅く仕事が終わりアパートメントに戻ろうとニューヨーク本部の地下駐車場に置いてあるマクラーレンF40まで向かっている時だった。


「ミスター金瀬」


 駐車場に停まっている車から一人の男が降りて来た。俺は咄嗟に腰の後ろにある物に手を掛けようとした時、その男は両手を頭の上にあげて


「私は君の夢を応援する人間だ。君に危害を加えるつもりなど毛頭ない」

「貴様、誰だ?」


 この駐車場にこの会社の部外者が入れるはずなど無い。だが、少なくとも俺の関係する仕事では会った事がない。


 その男はゆっくりと左腕をスーツの内ポケットに入れた。咄嗟に腰にある物を取出して向けると

「おい、本当に君の味方だ。物騒な物は仕舞ってくれ」


 そう言って右腕を挙げたまま左手で取り出したのは、三枚の写真だった。ゆっくりと俺に渡すと

「どうしてこれを?」


 映っているのは、極冷凍温度保存カプセルに入っている環奈の首。それと生きていた時の環奈。


 それからもう一つは外皮が付いていない人工人間。但し一目で分かった、環奈だ。

「どういうつもりだ?」

「君の大学時代の論文は全て読ませて貰ったよ。それと商用AIスペクトラムV2の事もね」

「何だって。あれは外部に漏れるはずがない」

「ミスター金瀬。世の中に完璧な物などない。後もう一つこれはどうかね。君らが開発した量子チップの一万倍の双方向並列処理が可能な量子チップだ」

「……………」

 そう言って手の平に極小のチップを置いた。ブラフじゃ無い事が見て分かる。この男何者だ?


「君が実現したい物を我々は強力に支援する事が出来る。気が向いたらこのコードに連絡をくれ。勿論今日会った事は内緒だぞ」



 その男は車に戻るとエンジンを掛けてそのまま出口に向かった。どういう事だ。ここには外部の者などは入れるはずが無いのに。


 そしてその男が俺に渡したカードには国際最新技術構築協会INTDAインダ理事長トーマス・ソレイユと書いてあった。


 噂には聞いている。表向きはグローバルマンディと同じ業界の会社だが、それは表向き。実際には何をしているか分からない。


 俺はマクラーレンF40、俺用に改良された人が運転できる車だ。RDCは交通管制システムで運用されている為、万一に対応出来ない。


 だから所々が改良されている。勿論何もしなければ交通管制システムに従うが、それを切って独自で走る事も出来る。こっちにきてから今迄自分で運転した事は無い。


 俺が近付くとウィンカーがピカピカと二回程光った後、ガチャと言う音でドアが開いた。



 夕食は会社の食堂で食べ終えている。アパートメントの自分の部屋に入って目を閉じている環奈に『ただいま』って挨拶をした後、シャワーを浴びてからバスローブを着て好きなブランディをグラスに入れた。


 目を閉じている環奈が俺を見て、湯船に入らないと駄目ですよと言っている気がした。ブランディに俺の涙が零れて入ってしまった。


―――――

次回もお楽しみに。

書き始めは皆様のご評価☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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