第10話 ライラック・ゴードン

 

 俺は、環奈の死の悲しみは消える事は無いが、いつまでもそれで打ちひしがれていては、環奈が生きていた時、俺の背中を可愛い手で叩いて、何やっているんですか、いつまでも私の死に嘆いている様な人ではない筈ですよ。と言っている様な気がした。


 だから、俺は商用AIスペクトラムの極小化をCEOに提言した。V3だ。

「CEO、トラムを二身等か三身等にしたいと思います」

「ほう、面白いアイデアだが、それによって我が社はどういう利益が得られるのだ?」

「今、トラムを利用する為には専用デバイスを個人が持たなければなりません。当然そこには人の心の抵抗があります。

 でもそのデバイスが、自分の好きな男性、もしくは女性だったとしたら」

「もっと詳しく話してくれないか」

「はい、今、集積装置に入れられている人工脳をそのデバイスに組み込むんです。勿論全てでは有りません。

 しかし、自分の好きなアイドルや恋人がいつも側にいたらいつもそれに話しかけるでしょう。

 いつも側にいて欲しいでしょう。その心理を逆手に取ってトラムのコンシューマーデバイスを二身等か三身等にするんです」


「君は凄い事を考えるな。それでそれは実現可能なのか」

「はい、新しいチップの開発は必要となりますが、今のグローバルマンディの力であれば容易い事です。

 それと俺の友人を招きたい。分子生物学のドクターで今回の実現には絶対的に必要な人材です」


 CEOは少し考え込んだ後

「私はトラムの全権限を君に与えている。我が社の利益が向上するのであればやってみなさい」

「ありがとうございます」


 俺はCEOのオフィスを出ると、これで環奈が俺の傍に来る。だが残された問題は大きい。


 自分のオフィスの戻ると直ぐにライラックに連絡をした。ナンバーが変わったという知らせは受けていない。このナンバーで大丈夫なはずだ。


 少し待たされた後、

『ライラックだ』

『いつもながらだな。久しぶりだライラック』

『その声は一郎か?』

『ああ、俺だ。今、ライラックは何処に住んでいるんだ?』

『ニューヨークのブルックリンだ。お前の評判は俺達の世界にも鳴り響いているぞ』

『あははっ、過大評価は止めてくれ。それより、どうだ久しぶりに』

『構わないが、何処で会う?』

『コロンビア大学の傍にあるバーでどうだ?』

『また懐かしい所を選んだな』

『じゃあ、十六時でどうだ?』

『構わん』


 金瀬一郎。久しぶりだ。俺はあいつが開発した商用AIスペクトラムV2のお陰でせっかく決まった会社を首になった。


 原因は、トラムV2が創薬までしてしまうからだ。分子生物学で創薬の世界で生きて行こうと思った俺にはショックな事だった。


 結婚が決まっていた女は生活も不安定な男とは結婚出来ないと言われた。一時は酒におぼれた事も有った。


 だが俺を救ってくれた会社が有った。そして俺は空気がない所でも利用が出来、体温維持が可能な生地の開発に携わった。


 いずれ地球人は宇宙に進出する。その時、例えば月面をジーパンとTシャツで歩けたら、そんな事を実現するチームだ。前と同じ高収入で今は満足している。


 しかし俺を振った女は戻ってこなかった。一郎に恨みはない。でも俺の人生を狂わした元凶で有る事は事実だ。

 その一郎が俺に会いたいと言って来た。何が目的なんだ?



 俺は十六時にコロンビア大学、あいつと一緒に学んだ大学の正門から百メートルにあるバーのカウンタでビールを飲みながら待っていた。まだ十分前だ。


 店の中をチラチラ見ながら入口の方を見るとドアが開いた。そして一郎が入って来た。あいつは俺を見つけると隣の席に座って


「ライラック久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだ一郎。何を飲む?」

「いつもの奴だ」


 一郎が好きなウィスキーと水を一対一で割ったグラスを持ち上げると

「再会に乾杯だ」

「おう、再会に乾杯」


 最初は日本の生活の事やこっちでの生活の事を話した。亡くなった妻の話は出さない。

 俺も三年前にこいつと別れてからの事を多少アレンジして面白おかしく話した。


「それは、悪かったな」

「一郎が悪い訳じゃない。時代の流れだよ。それより俺に会いに来たのは旧交を温める為か?」

「実は俺の仕事を手伝ってくれないか?」

「一郎の仕事?」

「ああ、ライラックの分子生物学の知識を利用して人間と同じ人工皮膚を作って欲しんだ」

「いきなりだな。その皮膚の目的は?」

「人間と同じ顔を再生する事」

「詳しく話してくれ」


 それから俺は今考えているトラムV3の専用デバイスの二身等、三身等の話をした。環奈の話はしていない。


「驚いたな。そんな事したらこの世界のコンシューマー用デバイスはお前の所で独占じゃないか」

「選ぶのは一般消費者だ。押し付けはしない」

「面白い。だが俺も今勤めている会社も有るし、報酬の話もしていない」

「ライラック、俺はCEOからこのプロへジェクトの全権を与えられている。報酬は契約書に、お前の欲しい数字を書いてくれ」

「相変わらずだ、一郎。そういう事なら話は早い。でも二週間待ってくれ」

「ああ、労基か仕方ない」


 それから二週間後ライラックは俺の傍に来た。 


―――――

次回もお楽しみに。

書き始めは皆様のご評価☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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