第9話 愚か者には制裁を

 

 俺は、ニューヨーク本部に呼ばれた。会ったのは代表取締役社長兼CEOだ。


「ミスター金瀬。奥様の死に言葉も有りません。お悔やみ申し上げる。所でこちらに来て貰った訳は、極東方面本部の設計ユニット長を解任して改めて商用AIスペクトラム開発総責任者になって貰う為だ。

 奥様の死の悲しみは、あまりにも深く我々には想像が出来ないものだが、君の優秀な頭脳をそのままにしておくのは人類にとって大きな損失でしかない。このポジションを受けてくれないか」


 CEOたる者が言葉を尽くしてトラムの総責任者になってくれと言っている。環奈の死の悲しみは癒えないが、確かにいつまで悲しんでいても何も解決しない。環奈も喜ばないだろう。彼女の為にも俺の思いを実現しないと。


「分かりました。そのポジション、就任させて貰います」

「そうか、ありがとう。早速だが、この後何か用事が入っているかね?」

「言え何も」

「そうか、では私と一緒に食事をしよう。向こうでの話も聞かせて欲しい」

「分かりました」



 その日は、それでニューヨーク本部を出た。こちらで新しく借りたアパートメントに戻ってシャワーを浴びた後、環奈の首が入ったいや眠っている極冷凍温度保存カプセルにお休みを言ってベッドに入った二時間程後だった。


 俺の連絡デバイスが鳴った。このナンバーを知っているのは金剛本部長と小岩井セクレタリだけだ。直ぐに出ると

『金瀬君、金剛だ。今トラムV2が大変な事になっている』

『大変な事?』

『ああ、トラムが暴走した』

『何ですって!そんな馬鹿な』


 トラムが暴走するなんて。俺は環奈が死んだ時の事を思いだしてしまった。吐き気がする。

『暴走してから何日経っています?』

『いや、もう終わっていて』

『はぁ?』

『トラムが暴走したのは三日前だ。突然動きがおかしくなった。そして病院で投与された薬で死亡事故が起きた。原因は全く分からない。

 金瀬君、君だけが頼りだ。直ぐに原因究明をしてくれ。そうでないとトラムを停止しなくてはいけなくなる』


 金剛本部長が相当に混乱している。トラムは止められないシステムだ、俺以外は。

「金剛本部長、今、自分のアパートメントですがニューヨーク本部に行って直ぐに調べます」



 俺は、環奈に声を掛けた後、直ぐに本部の商用AIスペクトラム運用監視ルームに入った。守衛にはIDパスを見せて緊急用件だと言って有る。


 俺だけが持っている特権パスコードを使ってトラムV2のA系に入ってみた。一見何も無い。だが金剛本部長は三日前と言っていた。


 直ぐに三日前からのログを見ると本来ここには記録されていない筈のコードが有った。そしてウィルスを侵入させた事も。


 このコードはユニット長と金剛本部長しか持っていない。それもそのコードの頭には友倉AI総合企画ユニット長のIDが有った。


 俺は直ぐに連絡デバイスで金剛本部長を呼び出すと

『原因が分かりました。直ぐに友倉AI総合企画ユニット長を拘禁して下さい。犯人はあいつです』

『わ、分かった』



 同時刻の極東方面本部会議室


 友倉が

「この失敗は皆、金瀬の所為だ。あいつがいい加減な設計をしたからこうなったんだ」

「友倉さん、まだ原因は分かっていない。軽率な発言は慎んだ方がいい」

「長嶋さん、あんたは金瀬の肩を持っている様だが、設計ミス以外に何が有る」

 この男、ごみ扱いされていた憂さ晴らしか。俺が見ても設計に問題が有ったとは思えない。


 私は、ユニット長達が集まっている会議室に警備員と共に入室すると

「友倉AI総合企画ユニット長、君を拘禁する。警備員、直ぐに彼を摑まえろ!」

「「はっ!」」


「な、何をするんだ。俺は何もやっていない。離せ!」

「友倉、これを見ろ」


 会議室の壁に組み込まれているディスプレイに金瀬商用AIスペクトラム開発総責任者が現れると

『友倉、三日前にお前がユニット長権限でトラムV2A系に三日で消滅するウィルスを侵入させたログがある。これだ!』


 俺は、ユニット長全員に、彼らでは本来見れないログを表示させた。

「なんだ、それは、見た事も無いぞ。お前の作り話だろう」

『これは、トラムV2のA系のログだ。俺だけが持っている特権パスコードで見る事が出来る』

「何だって!そんなもの…」

 他のユニット長も驚いている。だが見ている映像は確かに友倉ユニット長のIDパスコードと明らかにウィルスを侵入させたログだった。


『金剛本部長、後は任せます』

『金瀬君。夜分すまなかったな。しかしディスプレイの右下に君のポジションが載っているが、いつ就任したのかね』

『はい、昨日の昼CEOから直接辞令を受けました』

『流石だな、金瀬君。商用AIスペクトラム開発総責任者就任おめでとう』

『ありがとうございます。それよりプレスへの説明は丁寧にお願いします。内部に不穏分子が居た事を教えると叩かれます』

『分かっている』


 俺は、それだけ言うと連絡デバイスをオフにした。後は金剛本部長と他のユニット長達が上手くやってくれるだろう。



 その後、友倉は色々な罪で告訴されたが、一番重かったのは彼の作ったウィルスがコンシューマー向けだけでなく医療データの中にも入り込んで薬剤のタグを入れ替えた事だ。


 本人はそんな事は無いと言ったらしいが、後から見つかったウィルスのコードを解析した所、バグが有ったらしい。


 この時代、物理的な死刑は無いが、友倉は永久冷凍睡眠モードで二度と目を覚ます事は無く、やがて昇華されて行く。


 一見厳しい様に見えるが友倉はトラムの事を知り過ぎている。下手に刑務所に入れて、重要な情報を流されても困るからだ。

 公共性の強いシステムを作る人間はこうなる事を知らなければならない。


―――――

次回もお楽しみに。

書き始めは皆様のご評価☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る