第8話 愚か者はいつまでたっても愚か者
俺は会社グローバルマンディ極東方面本部AI総合企画ユニット友倉栄蔵。この会社の商用AIスペクトラムは俺の提案が採用され総合企画ユニット長として他のユニット長に命令して実現したものだ。
だからトラムが完成した時は俺に本部長も頭を下げる位の立場だった。だが、トラムを公開してからは次々と他の企業も同じようなAIを出して来た。
しかし、トラムは絶対的に優位で当面は安泰と思っていた。しかしAI市場調査ユニット長の兼重孝雄が、いつまでも市場が同じレベルの物を求めている訳ではない。他社もいずれトラムに追いついてくると言い出した。
その時はトラムの機能追加をすればいいだけだと言ったが、それでは他の企業と追い掛けっこになるだけだ。
もっと先を見越した機能が必要だ。その為には市場調査をして独自の仕様を作らなければならないと言い出した。
そして半年もの間、調査しまとめた結果が市場RFPとなった。だがそれは、今のトラムを少しくらい改良しただけでは駄目だった。
だから本部長は俺にこの市場RFPを満足するトラム改良バージョンを提案しろと言って来たが、簡単に出来る訳がない。
口実を作っては提案を先延ばしして来た。それがいきなり現れた金瀬一郎という若造によって俺の立場は風前の灯になった。
あいつは市場RFPの三倍上回るスペックのトラムを実現させた。俺はそれに何も関与していない。完全なお荷物状態だった。そのおかげで、周りが俺を見る目は厳しくなった。
いずれ金瀬が設計ユニット長と統合企画ユニット長を兼任するだろうと噂が流れ始めた。
それはあながち嘘では無かった。小耳に挟んだ事だが、あいつは今以上に優秀な商用AI作ろうとしているらしい。
そんな事されたら俺は間違いなく首だ。何とかして今の場所を保持したい。
「友倉ユニット長」
「なんだ?」
「金瀬設計ユニット長がニューヨーク本部に発ちました」
「なんだと?」
また、新しい任務でも与えられるのか。そんな事されたらそれこそ俺は終わる。あいつの勢いを止める方法はないものか。
俺は家に帰ってから妻に
「なあ、お前もうちのトラム使っているんだろう?」
「ええ、そうよ。あなたのお陰で私も近所の人達に鼻が高いわ。あのトラムを作った人の奥様って言われている」
そうか、一般人から見れば俺はあれを作った人間に見えているのか。しかし実態は違う。
「なあ、料理の具材購入はみんなあれに依存しているのか?」
「当たり前でしょ。今週一週間分の食事もトラムと相談しているわ。家族の健康を入力するとうちのお財布も考えてくれた上でとても美味しい料理を提案してくれるんだもの。あなたも随分美味しい、美味しいって言って食べているじゃない」
「あれが止まったらどうなるんだ」
「止まる事なんてあるの?」
「無いがもし有ったらだよ」
「そうね。他の企業の奴を仕方なく使うわよ。でも止まるのは困るわ。私だけじゃないわよ。隣のお子さんなんか、今病気なんだから」
「そうか」
どうするかな。実際トラムV2は俺が企画したV1と違い、メンテナンスフリーだ。停止する事はない。
バックアップも完璧だ。だが、内側にいるから分かる弱点もある。一時の迷惑は掛かるが俺を守る為だ。
A系、B系、C系はリスクヘッジの為、別々のビルの入室禁止区画に置かれている。だからこれを全て止める事は不可能だ。
だが、止めなくても動きを一時的におかしくする事が出来る。A系が動いていればB系、C系は気付かない。
俺は翌日自分のオフィスに行くとユニット長権限で運用監視ルームにユニット長だけが知っているパスコードを使って侵入した。ここ迄は監視の一環だ、ここからだ。
トラムV2が、コンシューマーとの会話にやり取りしているバックデータにこいつを侵入させれば。
こいつは三日で自動消滅する。だから三日後には元に戻る。人が傷つくことはない。一時困るだけだ。これをあいつの設計ミスにすればいい。
その日、友倉の妻は搬送ロボからその日利用する食材が送られて来て驚いた。
「なんでお味噌汁の具に焼き魚なの。今日のパエリアにかぼちゃは使わないわ。一体どうなっているの?」
直ぐに携帯デバイスでトラムに問い合わせると、それが正しい具材ですと返って来た。
「どうなっているのよう。全く」
これはほんの一部の些細な事で、問題が大きくなったのは、病院で心臓病の患者に誤った薬が投与され死者が出た事だ。
グローバルマンディカスタマサービスではクレームの連絡が入りっぱなしになった。
AIが対応しているが受付窓口が一杯になりとうとう本部まで一般消費者来る様になってしまった。
金剛本部長は緊急で各ユニット長を集めて
「トラムV2が狂っているというクレームが入っている。どういう事だ」
「本部長、死者が出ました」
「なにー!それは本当か」
「はい、警察が本部長に会いたいと言って来ています。死亡した患者の家族から訴えが出ています」
「なんだと。直ぐにニューヨークいる金瀬設計ユニット長と連絡を取ってくれ」
「今、向こうは夜中ですが」
「そんな事かまわない。直ぐにだ」
どういう事だ。俺は食事のレシピのタグを少しだけ変えただけなのに。死人が出ただと。でもこれであいつも一気に…。ふふっ、ざまあみろ。
―――――
次回もお楽しみに。
書き始めは皆様のご評価☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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