第5話 誰しも苦手な者はいる

 

 俺は設計ユニットの主任以上に今の商用AIスペクトラム、通称トラム内で動いているチップと呼ばれている高密度集積回路が十万単位で組み込まれている小指の指先程の基盤の作動のさせ方について説明した。


 演算素子、チップを変更する事では無く、人間のニューロンの樹状突起に当たるチップの接続箇所を増やす事だ。


 これならば各チップの入力情報量を増やしてニューロン本体となるチップから出力される情報量を増やす事が出来る。

 ニューロンの軸索に当たる情報伝達素子の接続素子も増やせばもっと処理速度が速くなる。


 その上でこれらの同時同期双方向平行処理のさせ方を変える事により疑似ニューロン本体から疑似軸索を通って送出される信号が次の疑似ニューロンの疑似樹状突起で受信される情報量を一万倍増やす事で市場RFPの二倍以上の処理能力を提供できると説明した。



 しかし、各主任から

「トラム内での熱量処理が追いつきません」

「軸索の改良が必要です」

「軸索とスパインの結合の仕方が今の仕様では実現できません」


 他にも色々意見が出たが

「だから君達の頭脳を使わせてもらうのさ。今日から一か月間で設計を完了させてくれ。各ユニット長には、それに合わせて調達、設備変更、試作、製作、リリースが出来る様にして貰う。第一次リリースは半年後だ。十分な時間だろう」


 流石に主任達は口を閉じたが、桐生さんが

「皆、私達の力の発揮時だよ。さっ、自分のチームに戻って直ぐに作業を開始して」


 桐生さんの言葉で主任達が自分のチームに戻って行く。一人の主任が十人程のメンバを抱えている。


「桐生さん、いつもこんな感じなのか?」

「はい、あの人達が黙る時は、金瀬さんが言った事を既に頭の中で展開して処理始めているんです。アウトプットを楽しみにしていて下さい。私も戻ります」


 空港で高校生と勘違いした女の子いや失礼、女性がこのユニットのまとめ役だったとはな。だから俺の同僚と言ったのか。


 俺は、ユニット長室に入ると先程主任達に説明した内容の詳細な資料を各ユニット長に送った。半年分のWBSもだ。彼らが俺の言う通りに動いてくれればいいが。


 すぐにAI総合企画ユニット長の友倉がリリース時期は私に相談してくれとか文句を言って来たが、俺に従う事があんたの仕事だと突き返してやった。想定内だ。

 

 次の日にAI量子チップ製作ユニット長の長嶋さん、設備管理ユニット長の八塚さんから工期がギリギリだと言って来たが、とにかく間に合わせてくれと言っておいた。どうせ余裕時間が欲しいだけだろう。


 五月蠅かったのは購買ユニット長の市村さんだ。部材の調達で間に合うか分からないとか言って来たけど、それをやるのがあんたの仕事だとそれも突っぱねた。


 こんな事想定内以下だ。この会社グローバルマンディの生産能力はアメリカに居た時にもう調べてある。問題ない筈だ。



 問題なのは、

「なんで君がここにいる?」

「私は、金瀬さんの同僚です。あなたの世話は全て私がやる様に言われています」

「しかし、君は自分も仕事があるだろう」

「私のチームは優秀な技術者ばかりです。私が定時で上がっても何も進捗に問題ありません」


 俺と訳の分からない押し問答しているのは、俺の同僚と言っている桐生環奈。何故か、俺と同じマンションの同じ階の俺の隣部屋の住人だ。


 そして彼女は何故か俺の部屋の鍵を持っていて、朝から俺が寝る直前まで、家事全般を全てやっている。向こうでは自分でやっていたから要らないと言ったのだけど、本社命令だという事で金剛本部長も逆らえない命令だと言っていた。


 ちなみに彼女は二十八才と俺より十才以上若い。Tシャツとジーンズで俺の目の前をチョロチョロされるのは流石に慣れていない。


 女嫌いでは無いが、過去恋愛する暇があるなら研究時間にすると言って来た位だ。彼女とどう接して良いか全く分からない。


 それが、来日してから一ヶ月続いている。小岩井セクレタリならまだ分かるが、彼女はあくまで俺とは仕事だけと割り切っている。流石優秀な人材だ。俺も桐生さんにそれを望みたいのだが。


「金瀬さん、もうお風呂に入って下さい」

「まだ二十時だぞ」

「我儘言わないで下さい。早く入って」


 俺の背中を可愛い小さな手で叩いて来る。俺の頭の中にはこの対応の仕方を過去記載記憶した事が無かった。仕方なく

「わ、分かったから」


 シャワーで済まそうと思うと

「湯船に入らないと体が解れないですよ。良質な睡眠をとる為です」

「俺は今迄シャワーだけで生きて来たんだ。それで良質な睡眠を取れるんだよ」

「駄目です。湯船に入って下さい」


 風呂に監視カメラが付いている訳じゃあるまいし、なんで俺が湯船をカットしようとするのが分かるんだよ。

 えっ、もしかして…。浴室内の天井、壁を見たがそんなものはない。じゃあなんで分かるんだ?


 しかし、慣れというのは恐ろしい。毎日入っている間に湯船に浸かる気持ち良さを覚えてしまった。


 その桐生さんは会社では、

「金瀬さん、各主任から要求された設計書、図面が出来上がって来ています。確認されていますか」

 この人俺の何なんだ。やり難いのかやり易いのか分からない。俺が


「上がって来次第、逐次見て漏れや問題点を指摘しているよ」

 と言うと


「うんうん、それでよし。私のチームのも見てくれていますよね」

「これからだ」

「早くして下さい。仕事遅いですよ金瀬さん」


 俺は生まれてこの方仕事が遅いとか言われた事無いぞ。何なんだこいつは。でも仕事は優秀で彼女の設計した脳内記憶素子の配置は完璧だ。


 特に疑似ニューロンを配置する人間でいう大脳皮質と小脳、海馬等のチップ配置は素晴らしいものがある。


 それも有って、一ヶ月に満たずに各ユニット長に設計を渡す事が出来た。


 §AI量子チップ製作ユニット長の長嶋

  驚いたな。実力は噂通りか。しかしもこっちが製作しやすい様にしてある。大したものだ。


 §設備管理ユニット長の八塚

  設備改良は脳内配置それに軸索と樹状突起の部分だけか。それであれだけのスペックを出せるとは。

 私達が如何に自分達が作り上げた基盤の十分の一いや一万分の一も使っていなかったと気付かされるとはな。あいつに付き合ってみるか。これから面白くなりそうだ。


 §AI総合企画ユニット長の友倉

  面白くない。確かに凄いがこれでは儂の存在感が無くなってしまう。何とかしないと。



 この建物はユニット毎に食堂がある。情報漏れを防ぐためだ。俺と桐生さんが設計部内の食堂で


「金瀬さん、第一リリース何とかなりそうですね」

「何とかなるのではだめだ。確実にするんだ。その為にも各ユニットの進捗は厳しく見て行く」

「はい。ところで明日のお休みですけど」

「明日の休み、何か有ったか?」

「いえ、何も。帰ったら教えます」


 何だ、明日は何か有ったのか?


―――――

次回もお楽しみに。

書き始めは皆様のご評価☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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