第3話 就任

 

 運転席に座る小岩井と名乗るセクレタリが運転しながら

「金瀬設計ユニット長。本日以降のスケジュールを説明します。本日は、このまま本部に行き、極東方面本部長に挨拶をして頂いた後、一緒に昼食を摂って頂きます。


 その後、各ユニット長への個別挨拶、設計部門担当への顔合わせとなります。その後設計部門のメンバとの歓迎会。明日以降はスペクトラムの現行仕様を…」


「小岩井君、極東方面本部長との挨拶は仕方ないが、他のユニット長との挨拶は纏めて一回にしてくれ時間の無駄だ。

 それと私の歓迎会など必要ない。部門メンバとの顔合わせで充分だ。それより、私はアパートメントに行って休みたい。

 明日は朝から現行仕様の説明を受けるスケジュールにしてくれ」

「……かしこまりました。金瀬設計ユニット長」


 噂には聞いていたけど、大した人だわ。でも私も言われた事の方が楽でいい。もっとも各ユニット長と上手く行くかは知らないけど。



 高速を走り空港から一時間半ほどで極東方面本部ビルに着いた。地上三十階地下三階の本部ビル。周りは遠くに山並みが見える簡素な田舎町だ。交通手段はLRTと無人バスだけか。


「金瀬設計ユニット長には、専用の車を用意しています。あれに乗る事は有りません。セキュリティを考えての事です」


 ビルの中に入って行くと守衛らしき人が二人近付いて来たが、セクレタリと桐生さんが

 IDパスを見せると下がった。


 小岩井セクレタリからIDパスを受け取りゲートを抜けると二十階の直通エレベータに乗る。

 

 降りるとエレベータの外でセクレタリが待っていた。

「金瀬設計ユニット長、本部長がお待ちです」


 カツン、カツンとセクレタリのハイヒールの音がする。少しの間それに我慢していると一つのドアの前に止まった。

「ここです」


 セクレタリが自分のIDパスをドア横にあるプレートにかざし同時にドアを押すとドアが開いた。

 俺とここ迄案内してくれたセクレタリが入るとドアが閉まった。小岩井セクレタリと桐生さんは外で待っている様だ。



 俺の前には中肉中背の五十代の男がロングデスクを後ろにして立っていた。髪の毛は黒く短い、顔はに特徴がない。強いて言うなら鼻が低いという位だろう。掛けている眼鏡が落ちそうだ。


「ソファに座りなさい」

 俺は、ロングデスクの前に有るソファに座った。セクレタリはドアの傍だ。


「君が、金瀬一郎君か。私は極東方面本部長の金剛剛士こんごうたけしだ。待っていたぞ。ニューヨーク本部から君に商用AIスペクトラムの更改の全てを一任するように言われている。

 私は、営業部門出身でな。技術的な細かい事は分からない。だから私も君にスペクトラムの事は全て一任するよ。

 仕事上で何か困ったことがあればいつでも言ってくれ。セクレタリは通さなくていい。これが私のダイレクトナンバーだ」


「分かりました」

「何か質問は有るかね?」

「いえ」

 この男、私が話している間、瞬き一つしない。本当に人間か?


「そうか、加藤君、この後は?」

「はい、二十九階の食事専用の個室で金瀬設計ユニット長と食事になっております」

「そうか、それでは行くとしよう。金瀬君、付いて来たまえ」


 ドアの外に出ると小岩井セクレタリと桐生がドアの反対側のソファで待っていた。 

 本部長が

「私達二人では味気ない。その二人も同席させよう」

「本部長、予定に入っておりません」

「加藤君、今決まった。分かったね」

「はい」


 本部長の加藤と呼ばれているセクレタリは直ぐに小型の連絡デバイスでどこかに連絡を入れていた。


 随分昔、携帯とかスマホとか言う会話機能があるデバイスが有ったが通信セキュリティも何も無く、情報が垂れ流される事で廃止された。今は、帯域幅毎に通話が管理されている。


 エレベータのドアが開いて五人で乗ると本部長のセクレタリがボタン横に有るプレートに自分のIDパスを掲げた後、二十九階を押した。なるほど許可された人間しか入れない訳か。


 二十九階に着いてエレベータを降りるとレストランという様な空間ではなくホテルの客室フロアという感じで足の長い絨毯の廊下とドアがいくつかあるだけだ。


 本部長のセクレタリは今度も三つ目のドアの横にあるプレートに自分のIDパスを掲げるとガチャという音がしてドアのロックが外れた。


 彼女は先に部屋の中に入ると中を見てから

「お入りください」


 俺と本部長、それに小岩井セクレタリと桐生さんが入ると本部長のセクレタリが、

「私はここで失礼します」


 そう言って部屋を出て行った。部屋に窓はない。壁にはタペストリが飾ってあるだけだ。


「座ってくれ」

 八人は座れるテーブルに本部長そして対面に俺と小岩井セクレタリ、桐生さんが座った。


 金剛本部長は椅子に座ると

「飾り気の無い部屋で申し訳ないが窓とかはセキュリティの関係で付けられないのでな」

「構いません。窓など必要ありません」

「ほう、普通は文句の一つも言うものだが、君は違うようだな」


 俺が黙っていると奥のドアが開いて中からウエイターが出て来て料理を並べ始めた。


 食事中話したのは主に今後の仕事の進め方だった。ここで詳しく言う事も無いので横軸に工程、縦軸に作業を描いた簡単なWBSを説明した。


「金瀬君、その流れだと商用AIスペクトラムV2第一次リリースは、早くて半年後になるな」

「他部門の進捗にもよります。まだ他部門の作業能力を知らないので大まかな工程です」

「そしてV2のコンプリートは二年後か。まずまずだな。その後はどうする?」

「はい、CEOから市場RFPを満たせば後は俺の自由に改良してかまわないと言われているのでそれをしようかと」

「ほう、どう改良するんだ?」

「それは後日の楽しみにしていて下さい」

「おいおい、本部長の私にも言えないのか」

「後の方が楽しみも増えるというものです。もちろん仕様が固まった段階で本部長にはご説明します」

「分かった。期待しておこう」


 ふむ、この男話している限り、普通に会話できるではないか。人の意見を無視するとか聞いていたが、そんな態度は欠片もない。それとも隠しているだけか?



 本部長は俺との話が終わると俺の横に座る小岩井セクレタリと桐生さんに話の矛先を変えた。ニコニコしながら二人と話している。女好きなのかな?


 一通りの話と食事が終わると本部長は横に立っているウエイターに視線を流すとそのウエイターは直ぐにドアの中に戻って行った。それから数分後、本部長のセクレタリの加藤さんが迎えに来た。


―――――

次回もお楽しみに。

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