第2話 スカウト
俺の名前は
「一郎。この後どうするんだ。また別の博士号を取ろうとしているんじゃないだろうな?」
「流石にそれはない。大学に残って研究を続けながら教授になる夢でも見るさ」
「ふっ、お前その若さで二つの大学の准教授だろう」
「ああ、お陰で研究論文に毎日追いかけられている」
「いい加減にどこかに就職したらどうだ?」
「俺みたいに対人関係において抑制ニューロンが全く効かない人間が勤め人になれると思うか」
「それもそうだ。どうだ今日はいつものバーに行かないか」
「いいな」
「じゃあ、午後六時にな」
「おう」
友人と別れて研究室に戻る為一人で歩いていると正面から俺と同じ位の背の男が歩いて来る。俺よりは歳を取って良そうだ。その男は俺の前に立つと
「ミスター金瀬」
「誰だ?」
「私は、こういう者です」
名刺にはグローバルマンディ株式会社代表取締役兼CEOという肩書が書かれていた。
「あんたみたいな人が俺に何の様だ?」
「あなたをスカウトしたい」
俺は友人と約束したバーに少し早めに行くと好きなウィスキーと水を一対一で入れたグラスをカウンタに置きながらさっきの男の事を考えていた。
俺に名刺を渡した男は、
『君の頭脳で我が社の商用AIスペクトラムを改良して欲しい。報酬はベース、インセンティブ共に君の希望次第だ』
『なんで俺なんかを?』
『謙遜しないでくれ。君の博士論文は全て読ませて貰った。この地球で最も優れた人間の一人だ』
『じゃあ、その他の人間を誘ってくれ。俺は勤め人には向いていない』
『失礼だが、君の事は調べさせて貰った。相手が誰であれ、歯に衣を着せない真直ぐな意見、考えを言う男だと聞いている。大統領との談話の時は面白かったぞ』
『そんなつまらない事まで』
『さっきの事、考えてくれないか。何時でも私に連絡してくれ。そのフォーンナンバーはプライベートだ。何時でも出れる』
あの男何を考えている。そんな事を考えていると約束したライラックが隣に座った。
「一郎、難しい顔をしているな?」
「なに、お前と別れてから詰まらない事が有ってな」
「詰まらない事?」
「ああ、話したい所だが、まだ頭の中で整理が付かないんだ」
「一郎でも整理が付かない悩み事がこの世にあるのか?」
「多分な」
ライラックは、分子生物学で博士号を持つ優秀な科学者だ。有名な研究所から高額の報酬でオファーが来たと言って喜んでいた。
ライラックと二時間程バーで話してからアパートメントに戻った。もう四年もここに住んでいる。
キッチン、ダイニング、リビングにベッドルームが二つ、それと分離されたバスとトイレそれにシャワールーム。俺に取っては十分だ。
シャワーを浴びてバスローブを纏った後、サイドテーブルからブランディを取出しブランディグラスに入れて飲みながらさっきの男の事を考えた。確かに悪い条件ではない。待遇も悪くない。
しかし日本に行って欲しいというは食えない。日本には中学時代までだ。
俺にとって特に魅力のある国でもない。昔は経済的に豊かだったそうだが、今は見る影もない。
『ミスター金瀬。日本に行って欲しい。そこには我が社の極東方面本部があり、スペクトラムの更新バージョンはあそこで構築する予定だ。その責任者になって欲しんだ。
変更仕様については市場RFPを超えてくれるならそれ以外は君の思う様に改良してかまわない。報酬とは別に経済面においては全て会社が見る。君に付けるセクレタリも綺麗だぞ』
最後の一言はどうでもいいが、変更仕様を俺に一任すると言って来た。あのグローバルで頂点に立つ商用AIを俺の物に出来るのか。
三ヶ月後、二つの大学の准教授のポストはそのままに日本へ旅立った。着いた時季節は夏。
飛行機から降りると肌に触る空気がべと付いている。湿気が凄い。流石に気候まで気にしなかった。来なきゃよかった。
生活に必要な物は先に送ってある。会社のセクレタリがアパートメント、日本ではマンションというらしいが、そこで受け取ってくれている。だから俺はバッグ一つ持って入国審査を済ませ到着ロビーに向かった。
俺のセクレタリと同僚となる人間が迎えに来ているはずだ。だけどその様な人間はいない。少し立ち止まっていると
「金瀬一郎さんですか?」
俺より二十センチ以上身長の低い女性が声を掛けて来た。
「あなたは?」
「私は、グローバルマンディの社員、桐生環奈と言います。宜しくお願いします」
何が宜しくか分からないが、とても可愛い美少女という感じの女の子だ。でも社員と言っていたな。
「セクレタリと同僚になる人が迎えに来ると聞いていたのだが?」
「はい、私がその同僚です。セクレタリは車の中で待っています」
「えっ?!」
流石に驚いた。俺の目の前に居るのは、高校生くらいにしか見えない女の子だ。でも名刺には確かに商用AI事業部本部スペクトラム設計部と書いてある。
「先に本社に行きます。あちらに車を用意しています」
到着ロビーを出ると駐車スペースに日本車が停まっていた。俺が傍に寄ると運転席のドアが開いて
「お待ちしておりました。金瀬設計ユニット長。私がセクレタリの
確かに凄い美人だ。背が高くフレームの細い眼鏡を掛けている。何処から見ても知性が溢れているという感じだ。
桐生さんがドアを開けてくれた。俺のセクレタリは、俺が後部座席に座り桐生さんがドアを閉めた後、桐生さん本人が助手席に座ると
「それでは本社に」
そう言って車を始動した。
―――――
次回もお楽しみに。
書き始めは皆様のご評価☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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