2. 幽霊
「幽霊っていうのは」
ユエの振る鉄鍋で、薄切りの
「生きてた頃の本人とは違う。どれだけ似ていても、本人じゃない。例外はあるけど……とにかくクォンについてきた女の子の幽霊も、元になった子とは別のものって考える」
「なるほど」
隣でクォンが飯釜の蓋を開けた。鶏で炊きこんだ米が香り、二人は黙って湯気を吸う。
「――ご遺体があったらね、それをちゃんと弔えば解決なんだけど。今回は無いから、幽霊に『死んだ』ってことを理解させるのが次の手になるよ」
ユエが魚醤と少しの砂糖を足し、ちゃんちゃんちゃん、と鉄鍋を振ってなじませていく。
「でも、言って聞かせるのは無理だから――」
「そうなんですか?」
「うん。だって『あなたは死んでいます。生きていると思うのは全部気のせいです』って言われて納得する? 『そっか! 死です! さよならこの世!!』とはならないよね」
「どうですかねえ。自分の死んだ姿を見たら……あ、でもそれが無いんでしたね」
クォンが居間に大判のござを敷き、飯釜をその近くに運ぶ。ユエが「ありがとう
「そう。だから、言葉じゃない方法で『死ぬんだ』ってことを理解させる。……例えば、特別な棒でぶったりとか、『猫の爪』を使ったり、とか」
つやつやと火の通った炒め物を大皿に移し、じゅじゅっと鉄鍋を洗う。
「そんなのは……かわいそうですよ。ねえユエさん、本当にあの子は幽霊なんですか?」
小皿やら茶碗やら茄子の漬物やらを並べながら、クォンは部屋の隅目をやった。子供が膝を抱えてしょんぼりと「おら、化け猫さんを買いてえんだ」と繰り返し訴えている。妻に言われてなお、幽霊だとは信じ難い。荷車への乗り降りで抱え上げてやった時も、冷たいとは感じなかった。
「わたしは見ればわかるし、触ってもなんともないのは、わたしのお守りを持ってるからだよ。あの子はきみから生気を取れない。お守り絶対外さないでよ」
「ああ……」
とクォンが胸元のお守り袋に手をやりつつ、靴を脱いでござに座った。
「気持ちはわかるけど、クォン、その子は幽霊で本物の子供じゃないんだ。きみに憑かせっぱなしにはできないし、『
(まあ、待て。悪霊ならともかく、子供の幽霊を力ずくで送るのはクォン殿には辛かろうよ)
リールーが眼窩で震えた。ユエは右目を指さして「話し中」とクォンに示す。
(遺体や遺品を見つけるなり、未練に答えを出すなり、まだやりようはあるのではないか?)
「わかったよ、クォン、リールー。穏便にできないか、探ってみるから」
「ごめんよ、ユエさん。私が迂闊でした」
「そんなことない! 道で子供が泣いてて、迷子だと思って声かけたんでしょ? 今回がたまたま人の子じゃなかったってだけで、きみのそういう優しいところ、わたし……好きだし」
目を逸らして言い終えたユエの、その顔をクォンが覗き込む。ユエはさらに目を逸らそうとしたが、右目だけはクォンを向いた。
「ちょっ、とリールー」
(なにかな?)
「もう」
「私の嫁かわいいですね」
「もう!」
ユエは炒め物の大皿を夫に渡し、隣に座ると肩で夫をつついた。そして、何か言われるよりも先に、部屋の隅で小さくなっている幽霊に声をかけた。
「きみもおいで。一緒に食べよう」
生きている人間と同じに扱う。
そうすれば、幽霊は輪郭を強め、生きているかのように振る舞い始める。しばらく共に過ごすなら、この方が都合がよいし、話もしやすい。
幽霊が実際に食事をすることはできないが、夫婦ともに食べ終わるころに「もういい?」とユエが訊くと、幽霊の子は小さく「ごちそうさまでした」と応えた。
「じゃ、片付けてしまうね」とユエは
幽霊の子は、
歳を尋ねたら、春に八つになったという。話す口に生え代わり中の前歯が見えて、痛ましげにため息をつく夫の背をユエはさすった。
「ホァ。わたしの名前はユエ。モノの怪をやっつけるのが得意な
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