化け猫おくる
帆多 丁
1. 迷子
赤茶けた土埃の道を、よたよたと行く子供の姿があった。
すり切れた
道沿いの
どこかから、猿の吠え声が聞こえる。
ひもじく、疲れて、行くも帰るも難しく、何より父親の事が気がかりで、子供は鼻をすすりながら道を行く。
道はいつしか別の街道と交わり、がらごろと音を立てて荷車が一台追い抜いていった。俯いて歩く子供の鼻に、
そんな日には父親の機嫌もよく、たくさん構ってもらえるのが嬉しかった。
「とっと……」
思わず父を呼んでしまう。小柄な馬の白い尻が目に入った。
馬は荷車を引き、馬の
「とっとぉ……」
急に恋しさが勝って、ぼろぼろと涙が出てきた。足は重たくなり、まるで田んぼの中のようにぼたぼたとしか歩めない。
「待ってえ……とっとぉ……待ってよお」
前を行く荷車の男がもういちど、子供をちらりと見た。頭の笠を外して、束ねた黒髪の頭をひとかきした。そして、馬に道草を食わせ始めた。
男が振り向いた。
「小さいお嬢さん、どうしたんですか? 迷子です? いったいどちらへ?」
人の良さそうな若い男だった。まっすぐな黒髪、浅黒い顔に困ったような表情を浮かべ、形のいい麻の襟付きを着て、首から赤いお守り袋を下げていた。
子供はぐしぐしと顔をげんこつでぬぐって、身体の前で両手を握り、男の手が届かないところから答えた。
「お、おら、ガイドン
「そりゃ奇遇ですね。私の家もそこですが」
男は少し驚いたような顔をして、続けた。
「しかしベソかきながらお使いっていうのも随分なことで。それに籠も何も持たずに、なに買おうっていうんです?」
「化け猫さん」
「ばけねこさん」
男がきょとんとする。
「おらのとっとがモノの怪に憑かれたんだ。そいで、ガイドンにおる化け猫
「化け猫さんは売りものではありません」
男は苦笑いして、こう続けた。
「そのひとは、私のお嫁さんです」
* * *
そのころガイドン市では「化け猫さん」が買い物をしていた。
「
「おやおや奥さん気前がいいね。なんか良いことでも?」
「やだよあんた、決まってるじゃないか」と
「そうなんですよ。だから好物を買っといてあげたくて。えへへ」
店主は言った。
「かー!」
店主は繰り返した。
「かー!!」
女将が巻き取った。
「じゃあユエちゃん、
「百九十!」
「百九十、売った! 持ってきなー!」
「ありがとう女将さん!」
買った野菜を籠に足し、化け猫はいそいそと家路につく。
名前をユエという。異人の娘である。
西方の異国から来たという意味でも異人であり、猫の目を右目に持つという意味でも異人であった。
路地を行く彼女の足取りは軽く、稲穂色の髪が肩口に跳ねる。
「ねえリールー。クォンは今日中に着くかな。明日になるかな」
ユエが右目に問いかけると、
(さて、どうだろうか。商談の進み具合にもよるのだろう?)
「うん。会うの、久しぶりな気がする」
(今日が七日目)
「明日は八日目。わたしがセミなら死んじゃうとこだ」
(おや。その心配は要らぬようだぞ)
右目が道の向こうへ焦点を合わせた。
「クォーーン! おかえりー!」
大きく手をふり、風のように駆け寄り、荷台を見て、酒の
「クォンんんんん……! この子どこで拾ってきたの……!」
「いやいや、ユエさん聞いてください。最初は迷子だと思ったんですよ。それで声をかけたんですけど――」
「違う違う。そういうことじゃないんだよ」
野菜に興味しんしんの耳長馬から籠を遠ざけつつ、ユエは夫の腕をつかんだ。
「この子、幽霊だ」
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