第54話

金城が校舎に戻ると、入れ替わるように灰銀と夢宮が来た。ゴールをした時、夢宮が地面に手を付いて跪いていた。


こんな姿は金城に見せられないな……


「お疲れ様」


俺は灰銀と夢宮に水筒を渡した。


「あ、枯水君。ありがとう」


「サンキュー」


暑いのによくやるもんだ。


「とりあえず、今日の放課後でラストかな。頑張ろうね!」


「あ、うん!」


夢宮が笑顔になった。そりゃあ、こんな地獄のトレーニングが終わるのなら嬉しいだろう。


「唯煌ちゃん。私、どれくらい成長したかな」


「ミジンコからセミくらいには進化したんじゃない?」


「セ、セミ……」


「もう少しフォローしろよ」


七日で死んじゃうじゃん。


「カブトムシ」


「ごめん、夢宮さん……灰銀さんは女子力と気遣いをお母さんの子宮に置いてきちゃったみたいで……代わりに俺が謝罪するわ」


「だ、大丈夫です。唯煌ちゃんなんで」


「桃花ちゃんは放課後のランニング、五周追加ね」


「え?」


夢宮が絶望している。どんまい。


「あ、私、移動教室があるので先に失礼します!唯煌ちゃんも枯水君もありがとうございます」


「うん。それじゃあ放課後にね~」


夢宮は疲れた足をなんとか引きずって教室に急いで向かった。初日はぶっ倒れてしばらく動けなかったのだ。カブトムシよりは進化しただろう。ヘラクレスオオカブトくらいには。


「さて、瑪瑙君にも罰を与えたいと思うんだけど」


「え?なんで?」


「さっきの失言は許さん。瑪瑙君は私に対するリスペクトがなくなっているようだからね」


「ええ……」


リスペクトがなくなっているのは普段の灰銀の責任だと思うんだが……


アイドルモードの灰銀だったら、灰銀の評価は下がることはないということを言った方がいいのだろうか。


「ま、とはいっても重いことはさせないよ。さっき金城君と何を話してたの?」


「え?見てたん?」


「うん。桃花ちゃんは余裕がなくて気付いていなかったけど、バッチリ気付いたよ」


「マジかぁ……」


地味に嫌な罰だ。


「まさか、春樹君から浮気したんじゃ!枯×進、じゃなくて、枯×金なの!?」


「ちげぇよ」


鼻息荒く俺に迫ってくるな。意識してしまうだろうが。ただでさえ、身体を動かして、血色がよくなっているのだ。今の灰銀を意識するなっていうのは無理がある。


「金城に灰銀さんのことをどう思っているのか聞いてみた」


「へぇ━━は?」


こわ。


「最近の灰銀は魅力的になったって」


「え!本当!?まいっちゃうなぁ、自分でも最近、綺麗になったと思うんだよね。まさに天井知らずだよ」


自分で言っちゃうのか……


まぁ灰銀が喜んでくれたならよしとするか。


「他には他には!?」


「おもしれぇ女って言ってた」


「それって貴方の感想ですよね?」


「残念。金城の感想です」


「どうしてだよぉ!?」


灰銀が項垂れているが、こういうところがだよな。多分。


俺と一緒に居ると云々とか言う話は言わなくていいか。全く必要のないことだし。


「それにしても、夢宮さんと随分、仲が良くなったんだな。お互い名前で呼び合ってるし」


「まぁね。桃花ちゃん、めっちゃいい子だから、友達になっちゃった」


夢宮は確かにいい人だ。数日の付き合いだが、それは良く伝わってきた。


「あ、でも、恋愛は別だよ?桃花ちゃんの弱点は既にスケスケだしな。瑪瑙君にも共有しておくね」


「お願いしようか」


灰銀の恋愛方面の分析はあてにならないが、聞いてて面白いので苦にはならない。


「まず、運動音痴!」


「見ればわかるわ」


「頭が悪いし、陰キャだし、コミュ障だし、何よりおっぱいが大きいのが大弱点だね」


「最後のは長所だろ」


「だまらっしゃい!隣でプルンプルン山が動くのを観測し続けた私の心を害したから大罪なのです」


「そうですか……」


にしても、随分浅い分析だな。ほぼほぼ悪口だし。


「そうだよ。性格は良いし、寛容だし、ママみたいな包容力はあるし、笑顔は可愛いし、努力家だし、根性あるし━━━いい女だよ。あの子」


「━━━そうか」


「粗探ししてやろうと思ったけど、あんなに頑張ってるんじゃ応援したくなっちゃうよ。本当にズルいなぁ。天性の悪女だよ、悪女」


弱々しい笑顔で灰銀は夢宮の評価を付けた。知れば知るほど敵が強大だと分かっていったのだろう。改めて、難儀な恋愛をしてるよ。


「ま、ギリギリのギリギリで金城君の彼女になっただけあるね」


「灰銀さんは不可だったしな」


「はは、【天狼にシリウス】ほどじゃないよ」


「マジでごめんなさい。それだけはやめて……」


「ほぅ、弱点はこうやって使うんだね。冬歩ちゃんに言われた通りだよ」


冬歩はいつか泣かす。余計なことだけ教えるんだから。


「それじゃ教室に戻ろうぜ。次の授業はBLだよ」


「現国な」


山月記をそんな風にしか読めなくなったのは深井先生の大罪だ。


「ん?」


「どしたん、瑪瑙君」


「いや、行こう」


最近、視線を感じることが多い。辺りを見回すが、誰もいなかったので、俺は気のせいだと割り切って教室に向かった。

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