第53話

【唯煌メソッド】が失敗して、やげやりになった灰銀は、夢宮と灰銀は走り込みを行っていた。昼だろうが、放課後だろうが、ずっと走っている。そして、金曜の最終日。


「頑張れ~、後一周」


俺は昼休みだっていうのに、応援に駆り出されていた。


目を離すとすぐに灰銀に近付きたいという人間が寄ってくるので、おちおちトイレにすら行けない。おかげで俺の警備スキルはとても鍛えられた。今なら偉い人のSPもできる気がする。


「きついよぉぉぉ」


「頑張れ、桃花!根性見せろ!男だろ!?」


「私、女だよぉ……」


隣で走る鬼コーチが死にそうになって走っている夢宮に喝を入れ続けている。


走り始めの最初の方は酷かった。乙女のプライバシーに関わるものだが、何度も吐いていたので、とても金城に見せられる顔をしていなかった。


そして、そのたびに何度も心が折れそうになっていた。


けれど、灰銀が隣でエールを送り続けることにより、なんとか走り切ることができるようになっていた。


灰銀にはコーチングのスキルもあるらしい。


「それにしても……」


夢宮の弱点を探すと言っていたが何か見つかったのだろうか。


今日で勝負を決めないと金城の初めては奪われるが、勝ち目はあるのだろうか。


灰銀と夢宮の背中を視線で追いながらそんなことを考えた。


「お~い、枯水」


ふと、声をかけられた。金城だった。


「どした?」


「灰銀と桃花がここ最近、一緒に走ってるって聞いてな」


良い彼氏だなぁ。心配になった様子を見に来たっていうのが顔に出てるぞ?


「そうか。ただ、夢宮さんが戻ってくる前にここから離れてくれ」


「ん?なぜだ?」


「努力してる姿を金城に見せたいとは思わないだろ」


灰銀のおかげでなんとか完走できるようになったとはいえ、走り終わった後の夢宮は酷い。


一瞬きょとんとした表情を浮かべると金城はすぐに笑った。


「はは、それはそれで見てみたい気もするがな。桃花の尊厳に関わるか」


「そうしてくれると助かる」


そんな姿を見せて、もし金城に冷められたら灰銀以外、後味が悪い。せっかく、彼氏と素敵な日曜を過ごすために頑張っているのだ。


「それにしても、灰銀が教えてるのか……」


夢宮と灰銀が走っているところが見えた。倒れそうになっている夢宮を隣で厳しい声をかけ続けている。


「アレでも灰銀さんは名コーチだよ。絶対に夢宮さんのためになる」


「そうか……あの灰銀が、ね」


意味深に灰銀を見て頷いている。


「思うところがあるのか?」


「いやな。灰銀ってスーパーアイドルだろ?昔、桃花とLIVEに行ったことがあるんだが、なんというかオーラが凄まじくてな。迫力に圧倒されたよ」


そういえば、夢宮が灰銀に致命傷を与えていたな。


「俺は最近、替え玉説を推してる。今の灰銀さんからはアイドルだった時のオーラを感じない」


「はは、枯水は将来大物になるな。灰銀にそんなことを言える奴は他にいないぞ」


だって、ヒドインモードの灰銀と関わることが多すぎて……


金城が口を開く。


「少し前の灰銀はさ、周りにたくさんの人間がいたけど、どこか壁を作ってただろ?笑顔もなんか作り物というかさ。完璧なアイドルといえばいのか」


ああ、擬態してたよな……


「そんな印象しかなかったから、灰銀が桃花にあそこまでしてくれるとは夢にも思わなかったな」


「金城にフラれて、何か変わったんじゃ、あ」


これは失言だ。金城も驚いている。


ごめん、灰銀。今度、ジュースを奢る。


「知ってたのか……」


「いや、ごめん」


「いいさ。本人から聞いたんだろ?仲が良ければそれくらいの話はするはずだ」


金城の前で失言をしてしまうのは二回目だ。口が軽くなるのは直さなければならない。ただ、ここまでくると、俺も引けなくなった。やけになって聞きたいことを聞くことにした。


「灰銀さんのことはどう思ってるんだ?」


「……意地悪なことを聞いてくるんだな」


「すまん」


失言をしてしまったからにはそれ以上のことで挽回しなければならない。だから、灰銀に対する印象を聞いて次に活かしてもらおう。


「告白された時は驚いたよ。何で灰銀が俺ごときに?ってな。あんな完璧なアイドルの隣に立てるわけがないし、そもそも俺は桃花一筋だからな」


「そうか……」


答えは知っていた。だけど、改めて聞くと少しだけ悲しかった。灰銀は金城のために頑張ってきた。それが伝わっていないのは報われない。


「でも、告白してきた後からの印象は変わった。前より魅力的になった」


「え?詳しく」


灰銀、朗報だ。NTRのチャンスが0.001%ほど上がったかもしれない。


「なんて言えばいいんだ。味があると言えばいいのか、変というか、面白くなったよな」


「……分かる」


ごめん、灰銀、お前の評価は下がってるぞ……


「特に、枯水といるときの灰銀は良い表情をするよな」


「俺?」


「ああ。俺たちには全く見せない表情を見せるからな。男子共が羨ましがってたぞ?」


「代われるもんなら代わってくれ……今の灰銀さんとの会話は疲れるんだ……」


ツッコミのスキルは確実に上がった。そこに冬歩も加わるともう手が付けられない。


「ツンデレはモテないぜ?」


「金城もそっち側かよ」


俺がツンデレだという評価はどこが発祥なんだ?俺は常に素直な気持ちを表現してるつもりなんだがな。


「俺は先に戻ってる。桃花と遭遇したら、どんなことを言われるか分からないからな」


「ああ」

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