第52話

「準備はできたかな?」


「どんとこいです!」


俺たちは校舎裏に来ていた。グラウンドは運動部が使っているから仕方がない。仮に使えたとしても灰銀がいる時点で目立ってしまう。そしたら、観衆の中で運動しなければならない。夢宮はコミュ障なので、そんな中で運動などできないだろう。


諸々を考慮した上で校舎裏に来た。ここなら滅多に人が来ない。


「よろしい。その前に唯煌メソッドについて話しておこうかな。唯煌メソッドは私が『スター☆トレイン』でセンターを取るために開発した運動メニューです」


「す、凄い!そんなのを教えてもらえるなんて……!」


名前はふざけているが、『スター☆トレイン』でセンターを本人がとった実績があるのだ。それはとんでもないものだろう。


「これをやれば最短で持久力がつくし、肉体改造も思いのまま。特別に伝授してあげるね」


「は、はい!」


「肉体改造も思いのまま……?」


気になって繰り返してしまった。


「なんだよ、瑪瑙君……言いたいことがあるなら言えば?」


「いや、なんでもない」


それができるなら自分の山をもっと大きくしろよと思ったが、普通にセクハラだ。犯罪者になりたくないから、俺は黙った。


「分かってないわね、瑪瑙」


「何がだよ」


冬歩が何も分かってない俺を見て、呆れていた。


「既に使ってあれなのよ。余計なことを考えないの」


「あ、そういうことか。灰銀さん、ごめん」


冬歩の言う通りだ。だとしたら、俺の同情は筋違いだ。


「うっせえわ!?まだ【唯煌メソッド】は発展途中なんですぅ~」


そうか。いつか【唯煌メソッド】が完成するのを楽しみにしていよう。


「コホン、馬鹿二人のせいで、ごめんね?」


「い、いえ」


灰銀は運動しやすいように体操服にポニーテールにしていた。髪型一つ変えるだけで、見た目の印象が全く変わるはズルい。


夢宮は体操服にジャージを着ていた。


今、夏だぞ?


「暑くないのかしら?」


「半袖だと身体のラインが出過ぎちゃうので……」


「……ならよろしい」


爆弾ボディを解放するわけにはいかないということか。灰銀の心に1000ダメージ。


「それじゃあまずは軽く縄跳び100回やってみよう!自分のペースで良いからね~」


「は、はい」


ボクサーがやるような高速縄跳びなら別だが、自分のペースで100回なら、運動音痴の夢宮でもやりやすいはずだ。


夢宮が自分の縄跳びを飛ぶ。


「えい、あ」


一回飛んで、引っかかる。一回飛んで引っかかる。一回飛んで引っかかる(ry


アレ?二回以上続いてなくね?


「凄いわね……」


「確かに……一回も続かない縄跳びって初めて見たわ」


「それじゃないわ。いえ、それもそうだけど、私が驚いているのは別のことよ」


夢宮の運動音痴に対して、驚いているのかと思ったが、そういうわけではないらしい。俺は何のことかと思って、夢宮を見ようとしたら、なぜか腕組みをして完璧な笑顔をしている灰銀が見えた。いや、唇から血が溢れていた。


「えい!」ぷるん


ぷるん?


聞き慣れない異音が夢宮から聞こえてきたので、そっちを見ると、富士山が踊っていた。俺は静かに視線を逸らした。


━━━アレは確かに灰銀に対する特攻兵器だ。


結局、夢宮は二回以上続かないまま、縄跳びを百回終わらせた。


「つ、疲れますね」


「……そうだね」


夢宮が肩で息をすると、そのでかい胸も躍っていた。灰銀はそれを見て、ダメージを受けていた。一切運動していない灰銀の方が辛そうだった。これ以上は灰銀の心が持たないので、俺は助け船を出すことにした。


「なぁ。夢宮さんは縄跳びができないようだから、別の運動に切り替えた方がいいんじゃないか?」


「そ、そうだね。唯煌メソッドはまだまだこんなもんじゃないよ。次は筋トレだ!」


「は、はい!」


腹筋をするようだ。灰銀が夢宮の足を抑えた。体力測定でよくやるやつだ。そして、夢宮はとても辛そうな表情をした。ただ、その間一切身体が動くことがない。一体何をしてるんだ?


灰銀も同じ疑問を持ったらしい。


「夢宮ちゃんトイレにでも行きたいなら、行ってきていいよ?」


「え?いえ、全く」


「あ、そう。それじゃあいつでも始めてくれていいよ」


「え?も、もうやっているつもりなんですが……」


「え?」


一切上半身が浮いてないぞ……



結論として、夢宮には筋トレをするための筋肉がないということになった。


他にも色々試したが、全くトレーニングになっていなかった。


意外だったのは【唯煌メソッド】がしっかり科学に基づいて開発されたものだったということだ。全く感覚的なものではない。


灰銀は夢宮に対して、【唯煌メソッド】の解説をした。俺も聞いていてとても参考になるものばかりだった。


けれど、夢宮はそれを実行できない。


『お姉さんモード』を維持するための身体作りができないという事実に俺たち全員で頭を抱えた。


「はぁはぁ……なんだこの絶望感」


「す、すいません……」


灰銀が地面に手をついて項垂れていた。つくづく夢宮は灰銀キラーだなぁと思った。


「もう仕方ねぇ!【唯煌メソッド】は一旦、全無視だ!それにしてもこんな無駄なトレーニングを考えた奴は誰だよ!?全く使えないじゃん!」


「落ち着けって……」


自分で作り上げた理論なのに、自分で全否定している。なんというか本当に可哀そうな女だな……


「夢宮ちゃん。毎日、長距離コースを走ろう!」


「え?」


「走るだけならミジンコだってできる」


夢宮のランクが蚊からミジンコにランクダウンした。


「むしろ、それくらいしかできることがない!行くよ!」


「え!?ちょっと!灰銀さん」


灰銀は夢宮を無理やり連れて、行ってしまった。


1.5キロの長距離コースが千寿高校にはある。陸上の長距離専門の選手や運動部がアップに使ったりする。


運動場のトラックとは違って、校舎全体を使っているので、コースとしては中々面白い。景色の代わり映えがないトラックより俺は断然こっちの方が楽しいと思う。


灰銀と夢宮が行ってしまったので、俺と冬歩だけがとり残された。


「どうする?」


「私は部室に戻ってるわ。丁度、依頼が舞い込んでるのよ」


「ほ~ん、じゃあ俺も戻ろうかね」


「瑪瑙はここで居残りよ」


「なんでだよ」


暑いから部室に戻って涼みたいんだが……


すると、冬歩は首を傾けて、親指を後ろに向けた。つられてそっちを見ると、男子生徒がいた。


「な、なぁあれって灰銀唯煌だよな?」

「あんな目立つ銀髪いないだろ。俺、声かけてくるわ」


……言いたいことは分かった。


「頼んだわよ?」


「分かった……」


こればっかりは俺がやるしかない。全く気が進まないけどな。

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