第51話
「皆さんのおかげでやることは決まりました!」
再び、精神高揚部を訪れると、夢宮は嬉しそうな声音で良い笑顔だった。おそらく金城のパソコンとスマホから色々な情報を抜き出して、自信を手に入れたに違いない。その証拠に猫背が少しだけ直っていた。
ということは金城の趣味はそっちなのね……
堅物委員長に俺は勝手に親近感が湧いた。
「巨乳はアカン巨乳はアカン巨乳はアカン巨乳はアカン……」
代わりに灰銀が壊れたが……
爪をかじりながら、無心で同じことを呟くbotへと成り下がった。
大したことないと思っていた夢宮が想像以上に手ごわかったという事実と、金城の好みがそっちだということを知って絶望したのだろう。
残念ながら、これが現実だ。
「灰銀さん。どうかしたんですか?」
「いや、持病の発作だ。気にしなくていいよ」
代わりに俺が答える。
「そ、そうですか。お大事にしてください」
根性を見せろ。敵に同情されてるぞ?
すると、灰銀はフラフラと立ち上がって、部室のドアに手をかけた。
「ちょっと、外の空気を吸ってくる。いいよね?」
「ええ、いってらっしゃい」
冬歩は灰銀に外出の許可を出した。確かに、一度外に出て、リフレッシュするべきだと思う。
「そ、それにしても、こんな脂肪のかたまりのどこが良いんでしょうか……?」
「うわああああああん!」
「灰銀さん!?」
夢宮が何気なく吐いた一言がトドメの一撃となったらしい。俺の制止を振り切って廊下を猛ダッシュして、どこかへ行ってしまった。
残った俺たちは灰銀の奇行を見て、思考が止まった。人間は理解ができないことが起こると、固まるらしいが、俺たちはそれを身を持って実感していた。
いち早く再起動した冬歩がため息を吐いた。
「……瑪瑙、灰銀さんを追いかけてきて」
「分かってる……」
俺はスマホと財布を携帯して、灰銀を追いかけた。
◇
灰銀は屋上で黄昏ていた。なんとなくここじゃないかと思って来たが、ビンゴだったらしい。
「灰銀さん、大丈夫?」
「ああ、瑪瑙君か」
俺に気が付くと、灰銀が力無く笑ったが、すぐに空を見た。追いかけてきたが、二の句が継げない。なんと声をかけていいか分からない。
ただ、俺は学習する男だ。こうなることが予想できたので、俺は一つ対策をたてた。
「灰銀さん」
「うにゅ?」
不意打ちはやめろ。可愛いんだわ
買ってきたカフェオレを灰銀に渡す。そして、俺も一応缶コーヒーをちびちびと飲む。お互いに何かしていることがあれば沈黙も気にならない。
最高の一手だと思うが、高校生には何度も缶コーヒーを奢るほど財力はない。多用できないのが難点だな。
すると、灰銀が微笑んだ。
「君は私の心を揺さぶる天才だね」
「俺、何か悪いことした?」
「違うって。その心遣いのおかげで気分が良くなったよ。ありがとね」
「ああ、うん」
いい意味でも使えるのか。そのセリフ。悪い意味で使われることが多かったので盲点だった。
灰銀の顔を見ると、血色が少しだけよくなっていた。俺の財産をつぎ込んだだけあって、しっかり効果はあったようだ。
ただ、それでも気分は優れないようだ。原因は言わずもがな、自分と夢宮の標高の差だろう。
金城の好みが灰銀と離れているのは今日の夢宮の反応で一目瞭然だ。
悲しいかな。万能の天才だと思っていた灰銀が初めて感じた才能の差なのだろう。
身体的な特徴だけはどう頑張っても矯正できない。
「どうすればいいかな?」
灰銀が心配そうに俺を見てきた。
「灰銀さんには灰銀さんの良いところがあるだろ?夢宮さんと同じ土俵に乗る必要はないんじゃないか?」
完璧な一般論。
「それでフラれたんだけど?」
俺も知ってて言いました。
だから金城を尾行して、相手の好みを分析することにしたんだ。その結果、金城の好みは知れたが、知りたくなかった事実でもある。
知らなくてもいいことが世の中にあるという言葉を身を持って実感した。
ただ、灰銀は大事なことを忘れている。
「分かってる。だけど、NTRの真髄は今カレよりも素晴らしい未来を見せることだろ?」
「あ」
気付いたか。
「今のところ夢宮さんが勝ってるところなんて、身体的特徴だけだ。性格も、女子力もおそらく夢宮さんが勝ってる。アレ?どうやっても勝てなくね……」
言ってて気づいたが、NTRの可能性ゼロじゃん。勝てる未来が見えない。俺は勝手に絶望した。フォローするつもりだったのに、何をしてるんだ俺?
「瑪瑙君」
ヤバイ、灰銀の声が一オクターブくらい低くなっている。
「い、いやこれはあくまで一般論であって俺の意見ではないぞ?冬歩に聞いても同じ意見が返ってくると思う」
「くたばれ」
「はい、すいません」
シンプルな殺意。灰銀の完璧アイドルスマイルが今はとてつもなく怖い。思わず謝ってしまったくらいだ。
「ああ!もう!」
「うお!?」
灰銀が錯乱した人間のように自慢の髪をくしゃくしゃにした。
「瑪瑙君が私の心を揺さぶるからさっきまで悩んでたことがどうでも良くなっちゃったよ」
「そうか」
癇癪でも起こして自殺を図ろうとしているのではないかと思ったので、冷や冷やした。
「あ、でも、キレたのはマジだからな?NTRが成功したら真っ先に教えて、さっきまでの失言を土下座で訂正させてやる」
が、すぐに真顔になる。感情の寒暖差でジェットコースターに乗ってる気分だ。
「その時は土下座でクラッカーを鳴らしてあげるよ」
「お?言ったな。ぜってぇ忘れるんじゃねぇぞ?」
「はいはい。成功したらな」
何はともあれ灰銀はいつもの灰銀に戻った。灰銀は元気なのが一番だ。それがいつか金城を寝取るための、大きなファクターになるだろうしな。
本人には言わない。こういうのは自分で気付くのが大事だと思うから。
「それじゃあ戻ろう。夢宮さんが心配してるだろうし」
「冬歩ちゃんもだろ?」
「それはない」
◇
部室に戻ると、冬歩と夢宮が談笑していた。夢宮は人見知りだと聞いていたが、交流を積んだおかげで、一番最初に感じた緊張のようなものは感じない。この辺りは冬歩のコミュ力だろう。
俺にもふんだんに使ってくれていいんだけどなぁ……
二人は俺たちに気が付くと、会話を止めて俺たちの方を見た。
「戻ってきたのね」
「ごめんね~、ご迷惑をおかけしました」
灰銀がわざとらしく笑った。
「丁度良かったわ。夢宮さんの依頼について話が進んだから、共有しておくわ」
「ん?夢宮さんが夏前の最後の休みに誘惑するだけじゃないのか?」
これだけ立派なモノを持っているのだ。しかも、大好きな彼氏の性癖にぶっ刺さってると来た。
灰銀がひそかにダメージを負ってるが、無視することにした。夢宮が依頼人な以上多少のダメージを受けれ入れてもらわないと話が進まない。
「それが、夢宮さんには重大な欠点があったのよ」
「欠点?」
「は、はい。体力がなさ過ぎて、『お姉さんモード』が三分しか保てないんです……」
「ウルトラマンかよ」
『お姉さんモード』って聞こえはいいけど、ただ、背筋を伸ばしてるだけだ。
まぁ、夢宮の富士山が強調されたら、灰銀を倒すことができるのだから、名前をつけてもいいのか。
俺は再び夢宮のステータスを確認する。
確かに、確かに体力がなさ過ぎる。特に持久力。夜の王者になれる素質があるのに、それでは宝の持ち腐れだ。
「ば、爆弾ボディとはよく言ったもんだぜ」
「うまいことを言うんじゃない」
灰銀の語彙センスが光る。
「コホン」
話が逸れそうだったのを察した冬歩が咳ばらいをした。
「夢宮さんの次のデートまでに持久力を鍛えようという話になったのよ。具体的に言うと二時間ほど『お姉さんモード』を維持できるようになれるといいわね」
「ですです!」
冬歩の説明に夢宮がぶんぶん頷く。持久力が欠点なのなら、それは克服してしまえばいいと言うのは理屈はわかる。
それにしても二時間か……生々しいな……
「ただ、残りの日数は少ないぞ?」
既に二週間を切っている。夢宮の『お姉さんモード』は現在時点で三分しか続かない。それを二時間まで伸ばすって可能なのだろうか?
「そこは大丈夫でしょう。唯煌さんに任せれば二週間で蚊を龍に昇華できるのでしょう?」
「うん、できるよ!元々その予定だったしね」
「お前ら、夢宮さんに失礼すぎるぞ……腹が立ったら俺に言ってな?」
「い、いえ。事実ですので」
弱みを握られているから強くは出れないがサンドバッグくらいにはなれる自信はある。
「ただ、めっちゃきついよ?それでもいい?」
灰銀が夢宮に確認する。
そりゃあそうだろうな。二週間で持久力を鍛えるなんて生半可な努力じゃどうにもならない。
「は、はい!覚悟の上です」
「いい返事だね。そんじゃあ、グラウンドに移動だ。日本最高峰のアイドルになった【唯煌メソッド】を伝授してやるぜ」
【唯煌メソッド】と聞いて、なぜか言い知れぬ不安が俺を支配した。
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