第50話

「ぷは~」


体力が切れたのか、夢宮はすぐにいつもの猫背に戻った。


「す、すいません。姿勢を正すのって結構大変なんですね……」


「え、ええそうね」


俺たちの視線に気づいていないのか、夢宮は弱々しく笑った。


すると、冬歩は夢宮の肩をガッと掴んだ。


「あ、あの、進条さん?」


「いい、夢宮さん?貴方は立派な『お姉さん』になれるわ」


「本当ですか!?」


うん、俺も確信できた。夢宮には天性の才能がある。


「ええ。金城君は貴方を『お姉さん』、いえ、『ママ』として見てしまうかもしれないわ」


「え?『ママ』?」


夢宮がここまでの話で何も察していない。本当に自分の価値を分かっていないらしい。


「瑪瑙、大事なものを隠すならどこに隠すのかしら?」


大事な物というのは貯金や印鑑のことではないだろう。男子なら一つは持ってるアレだ。


「……俺に聞くな。春樹のなら知ってるんだろ?」


「ええ。昨日、兄さんの部屋の天井裏で確認したわ」


春樹、ご愁傷様です。アレだけ現物を持つと、処理をするのが大変だって言ったのに……


「『年下』『後輩』『部下』なんて、いけないブツが置いてあったからできる義妹としてすべて捨てておいたわ。代わりに『妹』物に総入れ替えしておいたわ」


二重の意味でご愁傷様です。


今夜、天井裏を開けたら、春樹は悲鳴を上げるだろうな……


だから、現物は(ry


「そんなことより質問に答えなさい」


話は逸らせなかった。ただ、何も言わないと余計なことを言われそうなので、一般的な隠し場所を伝えておく。


「スマホに保存してるんじゃないか?」


「そう。琥珀さんは誰かさんの大切な物がパソコンの『謎のフォルダ』に入ってるって言ったのだけれど?」


「……知ってるなら、俺に聞くな」


後で、琥珀はしばく。ロックをどうくぐり抜けたのかとか色々聞かなければならないことがたくさんある。


「あ、あの。話が見えないんですが?」


「ごめん、ちょっと待って」


夢宮を放置してしまって盛り上がってしまった。ただ、男として、金城の秘密を暴露するような助けはしたくない。が、そんな気遣いは一切ないのが冬歩クオリティだ。


「夢宮さん、金城君のスマホ、または、パソコンのパスワードは知ってるわよね?」


「は、はい。当然です」


「そうね。愚問だったわ」


え?知ってるの?


俺の驚きは彼女達の常識らしい。


「どちらでもいいから彼の検索履歴を見なさい。それを知れば私たちが何を言いたいか分かると思うわ」


「え!?そ、そんなのいけないことです!」


夢宮に良心があって安心した。俺の中で夢宮の評価が上がってきた。


「どうして?」


「どうしてって……その、プライバシーの侵害というか、え?」


「夢宮さん、よく聞いて」


冬歩が聖母の笑みで夢宮の手を握った。


「愛の前では女の行いはすべて正当化されるの。たとえ、それが犯罪であったとしてもね」


「とんでもないことを教えんな」


当然、俺の言葉は無視された。けれど、その精神がなければ、尾行なんて考えは思いつかないし、春樹の部屋の物色などしないだろう。


「か、枯水君の言う通りです!やっぱりそういうのは良くないです!」


「夢宮さん……」


なんて素晴らしい女の子なんだ。ただルールを守っているだけなのに夢宮の評価が跳ね上がる。倫理観があって何よりだ。冬歩の甘い言葉には乗らないところはポイントが高すぎる。


「そう……金城君の秘密を握ればそれで『言葉責め』ができると思ったのだけれど」


「ちょっと、真君の家でやることができたので、帰ります」


「おい」


即落ち2コマかよ。


夢宮はさっさと帰り支度をして、家に帰ってしまった。体力テストで測定不能の女の動きじゃなかったぞ。


ドアをぴしゃりと閉めると、すぐに出て行ってしまった。


なんというか嵐のような人だ。


すると、袖が引っ張られた。随分静かにしているなと思ったら、ハイライトを消した灰銀が俺を見ていた。


「ねぇ、瑪瑙君。私、夢宮ちゃんに負けた理由がやっと分かったよ」


「……一応聞こうか」


「おっぱいだろ……?」


夢宮は自分のモノを無心で触っている。全勝だと思っていた女に一点突破で敗北を味合わせれていた。


女性の容姿にどうこう言うのは失礼だと思うが、灰銀のは小さくはない。やや小さいくらいだと思う。絶壁ではない。ちなみに冬歩は普通くらいだと思う。知らんけど。


対する夢宮は富士山だ。灰銀が敗北感を覚えるのは仕方がない。


ただ、それをそのまま伝えると灰銀が傷つく。


「そんなことはないんじゃない?」


俺にできることは優しい嘘をつくことだけだった。

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