第48話

深井先生がなぜここにいるんだ?


「先生、ノックをしてください」


「悪い悪い」


冬歩が呆れながら、深井先生を諭すが、テキトーに流していた。


深井先生の視界に俺たちが映る。


「お前らうちに入部したんだって?よく進条が許したな」


「『精神高揚部』の存続のためって冬歩に頼まれたんですよ」


「そうかそうか。それは顧問としても礼を言っておこう。入部希望者は多かったのに、肝心のうち女王様が全く受け入れる気がなくて大変だったんだ」


「……女王様は余計です」


「すまんすまん」


正確には嵌められたのだが、言わないでおこう。面倒なことになりそうだし。それより、深井先生が『精神高揚部』の顧問なのか。確か、生徒会の方の顧問でもあった気がする。教室以外でも深井先生と関わることになるとは。


深井先生が俺を見るとニヤッと笑った。


「それで、進条をどうやって口説いたんだ、枯水ぅ?」


俺の肩に肘をおいて、うりうりと絡んできた。


「何の話ですか?」


「とぼけんなって。あの進条が枯水の入部を認めたんだ。何かあるって考えた方が自然だろう?」


また、面倒な……


「瑪瑙は私のことが大好きなんですよ。私と一緒に居たいからって自分から奴隷契約まで持ち出してきたんですよ?」


ほら、これだ。


「そんな事実はないし、俺はお前の奴隷ではない」


しっかりと事実は事実として主張させていただく。当然の権利だ。


「【天狼にシリウス】」


「……私は冬歩様の奴隷でございます」


「いい子ね、瑪瑙」ニコ


笑顔の冬歩を見ると、怒りが募るが惨めな気持ちもハッピーセットだ。


俺の黒歴史小説を晒すのはいくらなんでも酷すぎるよぉ……


「『夜の帳が世界を覆い、闇は悉く光を食い散らかす。彼岸の絶望が此岸と交わり、渾沌の時代が招来した』」


「お、おい」


記憶にこびりついて消えてくれない一文が俺の耳に届く。日本最高峰のアイドルが俺の黒歴史小説を朗読していた。無駄に良い声で。俺と目が合うと聖母の微笑を浮かべた。


「瑪瑙君の小説。とっても面白かったよ?」


「やめろぉぉぉ!?」


「味があり過ぎて最後まで読んじゃった。結局、この本って、何が言いたかったのかな?」


「マジでやめてえええええ!」


俺は頭を抱えて、心を閉ざす。


小説を読んでもらって一番嫌な感想は酷評だ。次に来るのが、作品の意図を理解してもらえなかったことだ。人によってはこれが一番効くかもしれない。『これってどういう意味なの?』って言われたときに、心臓がきゅっとする。


「はは、なんだなんだ。楽しそうにやってるじゃないか、枯水」


「先生、節穴って言われませんか?」


現在進行形で部員に傷つけられている俺が見えないのだろうか。


「去年の枯水を知ってる私からしたら、十分楽しそうだよ。そうだろ?」


「さぁ、分かりませんね……」


「うんうん、分かってるぞ」


深井先生は勝手に満足して、意味深に笑った。


「深井ちゃん、去年の瑪瑙君を知ってるの?」


「そりゃあそうだ。一年時もこいつの担任だったからな。な?『永世左王子』」


「そうですね。去年の深井先生のことは尊敬してしました」


「そうだろそうだろ~。ん、去年?」


「深井ちゃん!ダメだよ!それは女子だけの禁書目録だよ!?」


「あっ、いっけね」


「大丈夫ですよ。既にそこのアホウドルから教えてもらってますから」


いや、全然大丈夫じゃねぇけどな。こうしてる今も密かにダメージを負ってるし。


「いっけね~☆」


てへぺろする灰銀に殺意が湧いた。灰銀も俺の心を揺さぶる天才だと思うんだがな。


去年の深井先生は素晴らしかった。BLで俺をカップリングしたりすることなどなかった。ただただ、良い先生だった。とてもお世話になったし、尊敬していた。


二年生になっても深井先生が担任だったことを密かに喜んでいたのだが、俺と春樹が仲良くしているのを見て、カップリングに勤しむ腐海先生に堕天してしまったようだ。


この人もヒドインの一人だよなぁ。マジで。


去年のままなら今頃結婚できてただろうに……


あ、だから合コンで全敗なのか。


「ん?無性に枯水を殴りたくなったな」


「気のせいですよ。それより、冬歩に用があるんじゃないですか?」


「おっと、そうだった」


怒らせると怖いので、闘牛士のように話を逸らした。これで俺に対する疑念は忘れるだろう。


それにしても冬歩に何の用事だろうか。冬歩に悩み相談でもあるのだろうか。灰銀が言ってたが、深井先生も冬歩に悩み相談をするらしい。


生徒に悩み相談ってなんだよ……普通、逆じゃね……?


「例の件について考え直してもらえたか?」


「……何度も言いますが、お断りです」


冬歩がため息を吐きながら、深井先生にNOを突きつける。


「そこをなんとか頼む!」


「無理です……意欲が湧かないし、何より私を差し置いて腹が立ちます」


「なんで俺を見たん?」


「瑪瑙に関係ある話だからよ……」


え?俺?何かやってしまったのだろうか。


「そうだ。枯水!お前から言ってやれ!お前の好きな男は進条(兄)だってな!」


「何の話だよ……」


どっと疲れた。


「枯×進の小説を書けってうるさいのよ。私をフッた兄さんが瑪瑙と結ばれるなんて想像するだけで腹が立つわ」


「待て待て待て、一番可愛そうなのは俺だろうが」


一番の被害者は俺だ。異論は認めん。


それにしてもちゃんと構想自体は作ってあるのね……


春樹が冬歩をフッて俺と結ばれるのか。ざまぁ冬歩


心の中でそんなことを思ったが、絶対に口にしない。


ただ、ふと『魚屋通いの猫』さんがBL小説を書いたことを想像した。あまりにも守備範囲から外れたものだが、『魚屋通いの猫』さんの作品なら俺も受け入れて、『腐』の道をいくのだろうか。


なんか自分の可能性を広げて見たくなったな……


いや、余計な思考はやめよう。深井先生を喜ばすだけだし。


「分かった分かった。枯×進は諦める」


良かった。深井先生も冬歩が本気で嫌がったのを感じて諦めたようだ。賢明な判断だ。


「進条(妹)の男体化でもいい。なんなら灰銀でも可。これでどうだ?」


「さっさと帰れよ」


俺は深井先生をつまみ出した。

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