第46話
「補習はどうしたんだ?」
「マークだったから全部1にしてきたわ」
「真面目に受けろ」
三度目の正直じゃなくて二度あることは三度あるを実現してしまったらしい。冬歩があまりにも数学ができないから先生方からの救済措置だったろうに、見事にその厚意を踏みにじったようだ。
「はじめまして、夢宮さん。私が『精神高揚部』の部長、進条冬歩よ」
「あ、はじめまして。夢宮桃花です」
「お互い二年生だから、あまり緊張しないでくれると助かるわ」
「あ、はい。そうします」
ここの部員の外行きの笑顔は完璧なんだよなぁ。
「大筋の話は聞いていたわ。うちの部員たちが失礼を働いて申し訳ないわね」
「い、いえ。とても面白い方々で退屈しませんでした」
「そう……そう言ってくれると助かるわ」
冬歩が俺たちを流し見してきた。余計なことをするんじゃねぇって顔だ、アレは。冬歩はいつもの定位置に座り、夢宮も冬歩の正面に座った。俺と灰銀は見学だ。
「相談は女子力を上げたいってことでいいかしら?」
「あ、はい。そうなんです」
「その手の話は意外と多いのよ。解決策はいくらでもあるわ」
「え!?本当ですか!?」
夢宮は期待に胸を膨らませているが、俺は半信半疑だ。冬歩のスタイルは基本的に相手の話に合わせて、スッキリさせるというものだ。ただ、夢宮は本気でどうにかしようとして悩んでいる。若干不安もあるが、我らが部長を信じてみよう。
「ええ。夢宮さんの女子力を上げたいという悩みは、自信のなさから来ているものでしょう?違う?」
「え?あ、はい。そうです」
確かに、夢宮は自分を卑下する癖がある。それは自信のなさを温床にしているのだろう。
「じゃあ、夢宮さんに質問するわ。自信ってどこから来ると思う?」
「え?そ、それは才能があって、特技があって。え~と、とにかく誰かから認められている人たちが自信を持っていると思います。灰銀さんみたいな……」
そして、夢宮は灰銀を見た。
ドームに立って自信満々な灰銀はその例にあると思う。
「ふふん!」
灰銀俺にドヤ顔をしてきた。事実だから別にいいのだが、なんか悔しいな。
夢宮の話からイメージするとスポーツ選手や億を稼ぐ経営者なんかもその筆頭だろう。俺も大筋は同じだ。
「それはあくまで結果論よ。世の中には凡人以下なのに自信だけある人もいるわ。売れないミュージシャンが極端だけれど一例かしら?」
「た、確かに」
そう言われると自信がどこから来るのか分からない。気付けば冬歩のしゃべりに惹きつけられていた。
「これは私の持論よ。自分に自信がある人は自分の目標を成し遂げているのよ」
「それは可笑しいだろ。売れないミュージシャンは何も成してないじゃん」
冬歩と夢宮が俺を見てきた。思わず反論してしまったが、失言だった。
「で、でも枯水君の言う通りだと思います」
夢宮が俺のフォローをしてくれた。優しい人だな。
「彼らはミュージシャンになってるでしょう?それ目標なのよ」
「は?」
何を言ってるんだ。
「つまり、売れないミュージシャンにとって目標は『ミュージシャン』になることで、極論、売れることはどうでもいいのよ」
「それは横暴だろ。売れないでいいなんていう奴がいるわけないじゃん」
「もちろん、売れたいと思っているのは事実よ。けれど、彼らは無自覚に『ミュージシャン』になったことで満足しているのよ。そういう人たちって、口では大層なことを言っているけれど、全く行動が伴っていないのよね。私たちの界隈では数文字しか書いていないのに小説家になった気になっている人もいるわ。本当に不思議ね……」
冬歩の言葉に闇がちらつく。皮肉たっぷりだし。
「でも、彼らはとっても幸せそうで、『小説家』になった自分に誇りを持っているわ。そして、なぜかモテるのよ。こっちは一文字も出てこない日は一睡もできないっていうのにお気楽なもんよね……」
冬歩から負のオーラが溢れてきた。
「ひっ」
「おい……」
夢宮が若干怯えていたので俺は冬歩に声をかけた。
依頼人を怖がらせるんじゃない。
すると、冬歩はコホンと咳ばらいをして、冷静さを取り戻した。
「『自分』が定めた『目標』を達成した人間は自分に自信が持てるの。それがどれだけ小さなことでもいいのよ。夢宮さんは何を成したいのかしら?」
「私が何を成したいのか……」
「とはいえ、今すぐ決めろなんて言わないわ。家に帰ってじっくり考えてみて。その目標がなんであれ、私たちは貴方のことを尊重するわ」
「あ、はい!あの、今日はありがとうございました!また、明日来ます!」
「ええ」
そういって夢宮は部室を出て行った。心なしか気持ちも晴れているようだった。足取りも軽かった。
夢宮がいなくなると、灰銀が冬歩の肩を叩いた。
「ねぇ、冬歩ちゃん」
「何かしら?」
「私って自分に自信しかないの」
「何の自慢だよ……」
また、灰銀の戯言が始まった。
「だってさ、冬歩ちゃんの理屈で言うと、金城君を彼氏にできていない私は自信がないはずじゃん」
「まぁ……確かに」
灰銀は金城を堕とすためにアイドルになった天才だ。それが成されていないのになぜ灰銀は自信に溢れているのだろう。
「言ったでしょう?これは私の持論だって。貴方は例外よ」
「そんなぁ……」
灰銀が目に見えて落ち込んだ。まぁそうなるだろうな。冬歩の話は凡人向けであって、天才には一生縁のない話だ。
「それじゃあ『進条冬歩さん、至急職員室に来てください。今すぐです』……ちっ、面倒な」
校内放送で冬歩に呼び出しがかかった。十中八九、再々テストのことだろう。冬歩もヒドインの一人だったことを忘れていた。
「部活はここまでね。私は面倒事を片付けてから帰るわ」
職員室に呼び出されたのに、なぜあんなにクールを装っているんだよ……
冬歩はなんでもない風に部室を出て、職員室に向かった。
部室に残ったのは俺と灰銀だけだ。俺たちも帰りの準備を始めた。
「さっきの冬歩ちゃん、凄かったね」
帰り支度をしながら灰銀が話しかけてきた。さっきのというのは夢宮の相談に乗っていたときの冬歩のことだろう。
「確かにな。冬歩は他人の悩みをテキトーに頷いて本音を引き出して、聞き役に徹するだけかと思ってたけど、あんな風に本気で悩んでる人にはちゃんとしたアドバイスができるんだな」
「━━━」
他人の悩みを小説のネタ程度にしか考えていないと思ったが、こうしてちゃんと悩みにも答えていた。まぁ、そうでもなかったら、百断先輩もわざわざこの部を庇ったりなんてしないか。
『魚屋通いの猫』さんの側面以外はダメダメだと思ったが、『精神高揚部』の部長としての冬歩の評価は上方修正しなければならない。
「それじゃあ、俺らも帰るか……ってどうしたんだ?」
「瑪瑙君、私を褒めて」
「は?なんで?」
意味が分からん。
「良いから!なんでもいいから褒ーめーて!」
灰銀がなぜか機嫌を悪くして、めんどい。仕方ない。一言だけリップサービスをつけるか。
「おもしれぇ女」ニコ
「それ褒めてねぇだろ!?」
本心だぞ?
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