第45話

夢宮には俺の正面に座ってもらった。万が一にも灰銀に近付けるわけにはいかなかった。


「はじめましてじゃないんだけど、覚えてないよね?」


「あ、いえ。千寿パークで真君と一緒にいましたよね……?」


「覚えててくれたんか。金城のクラスメイトの枯水瑪瑙です。今日のことは事前に金城から聞いているから」


「あ、ありがとうございます。真君が枯水君なら信頼できるって言ってました。いい人そうで良かったです」


そういって夢宮は微笑んだ。教室に入ってきたときよりもリラックスしたようでよかった。初対面の人間が苦手と言っていたから、こっちも気を遣わなければならない。


「せっかく来てもらったのに悪いんだけど、うちの部長が今、補習を受けててさ。少し待って「コホン」」


灰銀がわざとらしいくしゃみをしてこっちを見ていた。いつもよりも上品なくしゃみだったということは、夢宮を警戒しているらしい。


「何だよ、灰銀さん」


灰銀が余計なことをしないように視線で指示したが、灰銀は肩をすくめた。


「見たところ、泥、じゃなくて、夢宮さんってあまり人前が得意じゃないでしょ?」


「あ、そ、そうですね」


「だから、私たちとおしゃべりしようよ。そうすれば、冬歩ちゃんと話す時に、緊張状態はほぐれてると思うんだ」


「まぁ……一理あるな」


意外だ。灰銀が夢宮に気を遣うとは思わなかった。ただ、泥棒と言いかけてるところが不安要素なんだよな……


「はいはい。そういうわけなんで瑪瑙君はどいたどいた。ここからは私の役割だよ」


「あ、おい」


灰銀は俺を無理やりどかして、夢宮の正面を陣取った。そして、机に肘をついて、ヤクザ顔負けの態度でガン飛ばした。


「で、どこ中や。われ」


「黙れアホウドル」


「痛い!?」


聞き方が完全に、昭和のヤクザだ。怖がらせるようなことをせずに徐々に心を開いてもらおうと思ったのに、これでは大失敗だ。思わず、灰銀の頭を叩いてしまった。


そもそも、お前ら同じ中学だろうが。


灰銀がキッと俺を睨んできた。


「何すんだよ、瑪瑙君!?」


「それはこっちのセリフだ。何のつもり?」


「何って楽しいお話をしようと思ったんだけど?」


嘘つくな。明らかに尋問官の顔をしていたぞ。


心配していたことが現実になった。灰銀は夢宮に負けて、想い人を盗られたと思っている。そんな灰銀が夢宮と話ができるわけがない。


恐る恐る夢宮を見た。ビビらせてしまったら本当に申し訳ない。


「ふふ、灰銀さんと枯水君って面白いんですね」


なぜか好感触。声を抑えて微笑んだ。


「ごめん、夢宮さん。うちの部員が失礼なことを……」


「い、いえ。とても面白い漫才でした。私のためにありがとうございます!」


全く、そんな意図はなかったが、夢宮の緊張が和らいだならよかった。怪我の功名だけど……


すると、夢宮は遠慮がちに灰銀を見た。


「あの、灰銀さんに一つだけお願いがあるんですけど?」


「……何かな?」


「わ、私と握手していただけませんか?」


「え?灰銀と?」


「どういう意味だよ、瑪瑙君」


そのままの意味だけど。


「私、中学の頃ずっと引きこもりで。『スター☆トレイン』だけが私の心の支えだったんです。だから、その」


そういえば、金城も夢宮が引きこもりだと言っていた。


「いいよいいよ。普段なら握手なんてしてあげないけど、特別だよ?」


「あ、ありがとうございます!今日は手を洗いません」


「ふふ、ありがとね」


灰銀が慣れた様子で手を出す。夢宮は灰銀の手を大事そうに遠慮がちに握った。灰銀はそんな夢宮を得意げに見下していた。


まさか、金城の好きな女が自分にへりくだってるから嬉しくなってるのか……?だとしたら情けなさ過ぎるぞ。


「じ、実は付き合う前に彼氏と一緒に『スター☆トレイン』のライブに行ったことがあるんです。特に灰銀さんはとっても綺麗で見惚れちゃいました!」


「グフ!?」


「灰銀!?」


自分の好きな男が別の女と自分のLIVEに来る。なんというか可哀そうな女だ。灰銀のライフ-1000


「灰銀さん?どうかしましたか?」


「い、いや。なんでもないよ。それより悩みを聞こうか」


「は、はい!」


よく立ち上がった。プライドだけでなんとかやっているのだろう。これ以上灰銀が夢宮と話したら、死んでしまうかもしれない。


「じ、実は女子力を上げたくて……私、灰銀さんみたいに綺麗な女子になりたいんです!」


「だってよ?」


「だから、なんだよ」


「なんでしょうね~」


なぜか灰銀が俺を見てドヤ顔をしてきた。腹立つな。


「夢宮さん。悪いことは言わないけど、灰銀に憧れるのはやめた方がいいよ?」


「どういう意味じゃ?」


だって、灰銀って見るからに女子力ないじゃん……


「……私じゃ灰銀さんを目指しても無駄ってことですか……?」


夢宮が不安そうに見てきた。あ、これは俺がまずったやつだ。


「ごめん。そういう意味じゃないんだ。ただ、金城は今の夢宮さんが大好きなんだから、無理して灰銀を目指す必要はないんじゃないか?」


そもそも夢宮さんは灰銀を負かしている。それだけで大金星なんだ。それに話をしている感じ、灰銀と冬歩よりも女子力は高い。むしろ、こいつらに教えてあげてほしいくらいだ。


「それは分かってます。金城君が私のことを大好きなことくらい……」


「カハ!?」-1000


「でも、私って何も取り柄がないんです。顔も良くなければ、勉強もスポーツも苦手。特技といえば、料理くらいですし、それ以外はからっきし。真君がなぜ私のことを好きでいてくれるのか分からないんです……」


「グホ!?」-1000


「真君はカッコいいし優しいし凄いんです。これから先、色々な女性に出会います。こんなことを言ったら、失礼かもしれないですが、灰銀さんが真君に告白したら絶対に受け入れると思うんです……あれ?灰銀さん?」


「……」Dead End


夢宮は天然だ。そして、灰銀キラーだ。灰銀が黙って机に突っ伏してしまうのを初めて見た。俺は乾いた笑いを浮かべるだけだった。


「ちょっと落ち着こうか、夢宮さん」


「あ、はい。すいません。一気に話し過ぎました」


夢宮は深呼吸をすると、すぐにため息を吐いた。そして、すぐに憂鬱そうな表情を浮かべた。


どうしたもんかな。


「話は聞かせてもらったわ」


「は?」


声のした方を見ると、冬歩が扉の所で腕を組んで佇んでいた。


早過ぎじゃね?

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