第43話
『精神高揚部』に入ったからといって俺らがやることは特にないらしい。一応、『精神高揚部』がちゃんと活動しているという名目のために立ち寄ることを頼まれた。このまま何事もなく夏休みを迎えたいものだ。
「君たちに大事な話がある」
ホームルームで深井先生が神妙な顔つきで、俺たちの前に立った。どうせBLのカップリングの話だろう。話半分で聞いてるやつが多数派だ。
「成功者は言いました。若いうちは失敗の積み重ねが大事だと。高校生は恥も外聞も捨てて、色々なことに挑戦するべきだ。たとえ、失敗したとしても『若いから』という理由で許される。そして、大人になった時、その経験がどれだけ大切なものだったかを思い知るのさ」
教室が不意にざわつく。いつもの合コン惨敗話が始まると思っていたが、至って真面目だ。何か悪い物でも食ったのだろうか。
「土曜日に負けた合コンの傷を癒やすために、日曜に、千寿パークに行ったら、知り合いを見かけたんだ。個人情報の流出になってしまうから名前を伏せておく」
おかえり、深井ちゃん。
謎の安心感が教室を支配した。ただ、俺は一抹の不安を覚えている。俺も日曜日に、千寿パークにいたのだ。
「たまたまなんだ。本当にたまたま遭遇したんだ。そいつの休日に少し興味がでてな、ちょいっと、尾行してみたんだ」
やってることはストーカーだ。捕まった方がいい。深井先生にロックオンされた見知らぬ誰かに同情する。
「そしたらさ。カップル限定のカフェに、一人で入って行ったんだ」
冷や汗が溢れてきた。身に覚えてあり過ぎる。まさか、あの一幕を見られていたというのか……?
いや、別の奴に違いない。
恋人はツケで払えるらしいし、俺以外にも酔狂な奴がいたんだ。そうに違いない。
「あそこのスイーツは絶品だ。本当に美味しい。一度は行っておくべきだ。私は兄に偽彼氏を演じてもらったよ。はは、何をしてんだか……」
お兄さんいい人過ぎるだろ。
「だが、そんな私でも一人で行こうとは思わなかった。そもそも恋人がいることが前提だ。彼女がいないと入店ができないのに、その男はなんて言って入ったと思う?━━━『嫁は脳内にいます』だ」
クラスメイト達の反応はまちまちだが、腹を抱えて笑っている奴もいる。後ろにいる春樹が一例だ。後は、ヒドイン。あいつも許さない。お前らがいなければこんなクソみたいな恥をかくことはなかったのだが、文句を言いたい。
「私はそれを見た時、大事なことを学んだよ。なりふり構わず目的のモノを手に入れに行くその精神性は時に世界のルールを変えるのだよ。実際、その男はカップル限定メニューに大いに満足していた」
してねぇよ。マジで地獄だったんだからな?
◇
昼休みになると、春樹が話しかけてきた。今日はミーティングも昼練もないらしい。前回やらかしたから、確認を怠らなかったようだ。最近は、灰銀も俺たちの輪に入ってくるようになった。
「朝の深井ちゃんの話面白かったな。実は日曜日に、俺もその店に甘音と行ったんだけど……ってどうして俺を睨んでるんだ?」
「うるせぇ、鈍感、リア充、モテ男。お前は俺の敵だ!」
「鈍感以外、罵倒じゃなくねぇか?」
くっそ!春樹があの店に入らなければ俺がこんなひどい目に合わなくて済んだのに……!
「どしたん、瑪瑙君。悩みがあるならお姉さんに相談してみ?」
「……」
灰銀が聖母のような微笑を浮かべている。心を抉る言葉を浴びせようかと思っていると、肩を叩かれた。金城だった。
「枯水、ちょっといいか」
「え?俺?」
「真じゃん!チ~ス」
「ああ、進条はいつも元気だな」
「ここここんちwwww」
落ち着け灰銀。壊れたテレビみたいになってるぞ。
「最近の、灰銀は味があるな」
「い、いやぁ、それほどでも~」
褒められてるわけじゃないんだが、本人が幸せそうならいいか。
それにしても何の用だ。金城から俺に話しかけてくるなんて珍しいこともあるもんだ。
「すまんが、枯水を借りてもいいか?」
「お~、いいぞ」
「どうぞどうぞ!瑪瑙君なら煮るなり焼くなり好きにしちゃって━━━━好きにされちゃっていいよ!」
「俺を左に持ってくるんじゃない」
灰銀の中では金城相手にも俺は左をやらなければならないようだ。『永世左王子』の面目躍如だ。
俺は金城に特に何も考えずに付いて行った。
『左×金』と聞こえたのは気のせいだと思いたい。
クラスからの『腐』の気配を感じていたが、振り返ったら負けなので、無視することにした。
「ん?」
しかし、『腐』とは別種の声が聞こえてきて振り返ってしまった。カーストトップグループの女子たちだった。
「ねぇ、あれって」
「うわ」
「やっぱりそうだよね?」
彼女達の視線を辿ると、俺がいた場所━━━談笑を続けている灰銀と春樹に向けられていた。
「おい、枯水?」
「あ、ああ、ごめん。すぐにいく」
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